6月30日 vol.3              

 

 

 ――オートザム首都基地司令官(兼首都第二艦隊司令官)私室。

 ドア横の識別装置に手をかざし、イーグルが入室すると、留守を預かっている首席秘書官が立ち上がり敬礼した。

  「ウイングロード乗艦中のジェオ=メトロから何か連絡は?」

  「定時連絡がありました。ノマド到着予定は1730(イチナナサンマル)、と」

  「今のところ問題なさそうですね。その他には?」

  「レディ=エミーナ(大統領夫人)から、『早くお客様をお連れするように』と、再三」

 苦笑する首席秘書官にイーグルが溜息をついてみせる。

  「予定通りのタイムスケジュールなのに、再三せっつかれる覚えなんてありませんよ、まったく・・・」

  首席秘書官が遠慮がちに声を潜めてイーグルに尋ねた。

  「閣下が『あの』ランティスの結婚式に招かれたとの噂が、基地内で流れておりますが…」

 仮にも(笑)大統領令息で首都基地司令官のイーグルが出向いているというのに「噂」レベルでとどまっているのは、ランティス

個人が、「旧友を結婚式に招いた」という形になっているからだ。ちょうど一年ほど前のフェリオ王子と光の親友でもある魔法騎士・

鳳凰寺 風との結婚式の場合は、やはり王族の婚儀ということもあって、セフィーロからオートザム宛という形で招待の親書が

送られていた。講和後の友好関係を高めるにはうってつけの慶事としてオートザム国内でも報道されていたし、大統領の名代として

差し遣わされたイーグルが、ジェオとザズ以外にも数人を随伴して式に列席した模様も続報として流れた。(世界同時中継とは

いかなかったものの、結婚式の映像はその後ファーレン、チゼータ、セフィーロにとどまらず、風の実家にまで持ち込まれていた)

 そんなセフィーロ=ロイヤルウェディング=フィーバーの大騒ぎは、世事に関心の薄い魔法剣士でさえもよく知るところとなっていたので、

彼らの式に際し王子達と同様の形式で招待を打診しようとしたクレフの申し出を、ランティスはきっぱりと断っていた。あれほど衆目を

集める事態など、およそランティスには耐えがたかったのだろうが、今となってはその判断が正解だったと言わざるを得ない。オートザム

滞在中になにかと耳目を集めていたランティスが目に付くのは仕方ないとしても、異世界のパパラッチとかいう集団の如き報道陣に

追い回されない分、その花嫁の光がセフィーロ最後の柱であることは表に出ずに済むかもしれない。

  「噂じゃなくて事実ですよ。レディ=エミーナがお待ちかねのお客様というのはランティス夫妻です。実の息子より可愛がってた

ランティスの花嫁を是非とも見たいと、オートザムまで呼びつけたんですから。NSXを客船扱いしてくれて困ります」

  「NSXでご一緒されたのなら、ご同行なさらなくてよろしいのですか?」

  「朴念仁の花婿は呼びつけられついでに、こちらに滞在してた頃の知人の見舞いに一人で出かけました。花嫁はちょっと体調不良

なんで、今、医局でメディカルチェック受けてもらってます」

  首席秘書官席の端末から軽やかな呼び出し音が流れる。

  「はい。――そのようにお伝えします」

  通話を終えた首席秘書官がイーグルに向き直り通信内容を報告する。

 「医局の方から、検査終了とのことです。詳細はあちらで、と」

  「ありがとう。可愛いお客様を拾ったらレディ=エミーナの所へ行きます。何かあったら僕の端末の方に連絡して下さい」

  イーグルは右腕のギアを秘書官にかざしてみせた。

  「承知いたしました。――あの差し出がましいようですが」

  出ていきかけたイーグルが、「はい?」と肩越しに視線を向ける。

  「どんなに好みのタイプでも、お友達の奥様に手を出すのはいけませんよ」

  思わぬところで朝ランティスをからかった意趣返しを食らったイーグルだった。

 

 

  イーグルが医局へ戻ると受付嬢が中へと通した。

  「お疲れ様でした。気分はどうです?」

  「うん、大丈夫!」

  まだ少し潤んだ感じの光のまなざしにイーグルが苦笑する。

 「『ヒカルの大丈夫はあてにしないように』と、ランティスに厳命されてますよ?」

  照れて真っ赤になった光が慌てて言い募る。

  「ランティスは心配症なだけだよ!」

  「そうですか?」とクスクス笑うと、医官の方に尋ねた。

  「検査結果は?」

  「いわゆる『インタークーラー』の一種ですよ。重病人に近づくのでなければ問題ありません。通常予想しうる範囲内の変異は

見受けられますが、研究材料として服用中の薬を供出していただきました」

  「いいんですか?ヒカル。あなたもまだ治りきっていないでしょう」

  「しばらく向こうに帰れないからと思って、兄様の分ももらって来てるから、1つくらい平気だよ」

  「ご協力感謝します」

  「あ、その薬。小さい子供や妊婦さんはダメだよ。あと体質が合わない人もいるし、治ったかなと思ってもお医者さんに出された分は、

きっちり飲まなきゃダメとか」

  「『小さい子供』…ですか?」

  光をまじまじと見る医官にイーグルが苦笑する。

  「小さくて可愛いらしい方ですが、ヒカルは子供じゃありませんから」

  「失礼しました。問診で年齢も伺いましたが、セフィーロからの来訪者ということで、つい…。注意点ありがとうございます」

 「それでは行きましょうか」

  「うん。お世話になりました」

  ペコリと医官に頭を下げると、光はイーグルに続いた。

 

 

  「式と長旅で疲れたでしょう?レディ=エミーナ…、大統領夫人の通称ですが、彼女に顔見せだけしたら少し休みましょう」

 「大統領夫人って、イーグルの母様だよね?」

  ふと何か思い出したように、イーグルがクスクス笑う。

  「ランティスの母上かもしれませんよ」

  「ほえ?」

  「ランティスがくると、僕のことは眼中にありませんでしたからね。僕がアップルパイをリクエストしても、『甘いのはランティスが

食べないから』ってミートパイ焼くような人です。結構人使いが荒いんですけど、ランティスもおとなしくいいなりだったし」

  その情景を想像しているのか、光が優しい笑みを浮かべる。

  「小さい頃に父様も母様も亡くしてるから、嬉しかったんじゃないかな、そういうの」

 話しながら駐車エリアに戻ったものの、あの真っ赤なランボルギーニのレプリカが見当たらない。光がキョロキョロしていると、

オートザムのイメージカラーの深い緑の車のドアにイーグルが手を伸ばす。

  「あ、今度は別の車だったんだ」

  「いえ、さっきと同じ車ですよ。そんなに何台も専有しても一度に一台しか運転できないんですから」

  「でも赤かったよね、医局に来るとき」

  「ああ、表面塗装はすぐ変更できるんです。あの色のほうがインパクトはあったでしょう?ヒカルが好きな色にしてもいいですよ」

  「イーグル達の軍服もこんな深い緑だよね。私もこの色好きだから、このままでいいよ」

  「絶対的に自然が不足している国ですから、憧れるんでしょうね、この深い緑に」

  メタリックモスグリーンのディアブロが夕闇迫る街へと走りだした。

  

 

 

 首都では一番緑の多いフォレストエリアにある レディ=エミーナの別邸。非公式の、あるいは公邸で迎えるには堅苦しすぎる、

私的な招待客をもてなす為の瀟洒な館がひっそりと佇む。

 「わぁ、ヨーロッパの由緒ある貴族のお屋敷って感じ。他のオートザムの建物と雰囲気が違うね」

 「ヨーロッパ?ヒカルの世界の国ですか??」

 「あ、ごめんね。国じゃなくって、もっと大きな地域っていうか…」

 聡明なイーグルにしてはめずらしく、理解しかねるという表情を浮かべている。

 「そういえば私、セフィーロ、オートザム、チゼータ、ファーレン以外に、こちらの世界の国って知らないや」

 突然思いついた風な光に、イーグルがこともなげに言う。

 「ヒカルが知らないというより…、それ以外ありませんから」

 「そ、そうだったのか」

 今までセフィーロから出たことがなかったから自分が知らないだけとばかり思っていたが、四国しかないのでは、いくつかの国を

含んだ似通った伝統・文化を持つエリアを示すような言葉が思い浮かばないのも通りだろう。何しろ四国四様、個性的で共通点が

あるとは言い難い。光達の地球があまりに多種多様すぎて争いが耐えないことに嫌気のさした、創造主≪モコナ≫の心の現われ

なのだろうか――。

 

 そんなことを考えながら、光が館を見上げていると、重厚な感じの玄関ドアが内側から開いた。

 「遅いわよ、バカ息子!いったいいつまで私を待たせるつもり?」

 室内からの灯りで逆光になり光からは顔が判らないが、スラリとした女性が姿を現すなりイーグルに言い放った。頭が痛いという

表情を浮かべたイーグルが、あっけにとられている光の背中に手を添え、その女性の前に立つ。

 「母さん、お客様の前で、『バカ息子』呼ばわりはやめてください。あなたのお待ちかねのお客様、ランティスの花嫁のヒカルです」

 「はじめまして。私、獅ど…、えと、あの、ランティスの妻…の光といいます」

 うっかり口を突いて出かけた旧姓を飲み込んだものの、セフィーロには苗字が無いのでほかに説明のしようも無く自分で言った、

『ランティスの妻』という言葉に光は耳まで真っ赤になってしまっている。

 「なんて可愛いっ!私はエミーナ=ビジョン、よろしくね。バカ息子の話よりずっとキュートだわ」 

 イーグルとさほど変わらない長身のエミーナに、光はいきなりがばっと抱きしめられてしまった。

 「うわぁ…、レ、レディ=エミー…」

 細身なわりに豊かな胸に顔を押しつけられて、光は息もままならない。

 「母さん、ヒカルを窒息させる気ですか!」

 慌てたイーグルが光の背中に回されていた、エミーナの両腕を引き剥がす。

 「あら、ごめんなさい。レディなんて堅苦しい呼称は無し、エミーナと呼んでちょうだい。その代わり、私もヒカルと呼ばせてもらって

いいかしら?」

 「もちろん!どうぞよろしく、エミーナ」

 「遠くからで疲れたでしょう?さぁ、中でゆっくり休んで、ヒカル」

 光一人をさっさと館へと招き入れ、めったに顔を合わせることの無い一人息子もそっちのけな様子に、イーグルが呟いた。

 「まったく、あなたの子供は誰なんですかね…」

 肩をすくめたイーグルも館の中へと入り、開け放たれたままだったドアが閉ざされた。

 

 

 光を応接間に通してお茶の用意をしようとするエミーナをイーグルがとどめた。

 「母さんのお茶につきあうと長くなりますから、それは後にしてください」

 「まぁ!遠来のお客様をおもてなしもしないって、何を考えているのかしらこのバカ息子は…」

 「いや、だからその『バカ息子』はやめてくださいって言ってるじゃありませんか。それはともかくヒカルは疲れてるんですから、

先に少し休ませてやってください」

 親子喧嘩の様相におろおろした光が、イーグルにとりなす。

 「あの、私なら大丈夫だから…」

 『大丈夫だから』と口にした途端、イーグルはぴしりとその長い人さし指を光の鼻先につきつけた。

 「その発言は却下します!」

 「こら!バカ息子!!人様を指ささないっ!」

 パシッと手をはたかれては、首都基地司令官もまるで立場がない。(バカ息子呼ばわりされてる時点で、すでにないと思われ・笑)

 「すみません。これ以上ヒカルの体調が悪くなったら、僕がランティスに『雷落とされ』ちゃいますから、助けると思って少し休んで

ください。いいですね?」

 「ランティスはそんなことしないってば」

 苦笑いする光に、イーグルがしみじみと首を振り否定する。

 「いや、あの人はヒカルのこととなると、ホントに容赦がありませんからね」

 どうやら首都基地でランティスが魔法詠唱しかけていたことには気づいていたらしい。

 「確かに、少し顔色が良くないわね。ヒカル、いらっしゃい。お部屋に案内するから」

 「あ、はい」

 先に部屋を出たエミーナに続こうとして、光がイーグルを振り返る。

 「あんまり喧嘩しちゃダメだよ、イーグル」

 「心得ときます。じゃ、またあとで」

 とりあえず光を安心させるために、イーグルはにっこりと笑った。

 

 エミーナは二階の一室に光を通した。

 「この部屋を使ってちょうだいね。昔、ランティスも泊ったことがあるのよ」

 何しろ自分のことをあまり話さないタイプなので、光には初耳だった。

 「そうなんですか?」

 「テラスにある――望遠鏡って遠くを見る為のものなんだけど、基地の監視塔の映像も取り込めるの。とても大気の状態が

良いときには、監視塔からならセフィーロを見ることが出来るのよ」

 「ホントに? じゃあ、きっとここから…、セフィーロを想ってたんですね…」

 けれどその頃のランティスは故郷を懐かしむどころではなく、むしろ苦しんでいたのかもしれないと思うと、光はひどく切なかった。

 「そういえば、荷物がないわね。着替えがなくちゃ休めないでしょ。あのバカ息子、どこへやっちゃったのかしら…」

 「いえ、あの、着替えならここにありますから」

 えっ、と振り返るエミーナの目の前で、かつては魔法騎士のグローブだったサークレットの赤い石から、ふわりとしたワンピースが

取り出された。

 「まぁ、どういう仕掛け?」

 「仕掛けは私にもよく…」

 魔法騎士になって以来愛用してはいるが、原理がどうなっているかなど、光にはさっぱり判らない。

 「不思議なのねぇ」

 「そうですね。あの、訊いてもいいですか?」

 光はさっきからずっと気になっていたことを、思い切って訊ねてみることにした。

 「どうしてイーグルのこと、『バカ息子』って…」

 そんなことを訊ねられるとは思っていなかったエミーナが驚いたように目を見開いたが、光にベッドに腰掛けるよう促して、

静かに語りだした。

 「いくら自分たちの国が滅びる寸前だったからって、一番の友達の故郷へ攻め込んだりするのは、とても褒められたことじゃない

でしょう?セフィーロ侵攻を評議会にかけたのはあの子なの」

 「それは…。でも…、イーグルは病身の自分を犠牲にしてランティスを救おうとしていたんですよ」

 「そんなことをしても、ランティスが喜ぶはずもないのにね。本当に判ってない…、だからバカ息子。だけどそんなバカ息子でも、

私にはたった一人の大切な子供だから…、ありがとうヒカル」

 「えっ?」

 何故エミーナに礼を述べられるのか、光にはさっぱり見当もつかない。

 「聞いているわ…。あなたが命がけであの子を異世界から連れ帰ってくれたことも、絶望的な病から救ってくれたことも」

 「私一人の力じゃないです。ランティスやセフィーロの仲間、ジェオやザズ、ファーレン、チゼータの人達――。みんながずっと強く

願っていたから、イーグルは元気になれたんだと思います」

 「ヒカル…」

 「せっかく元気になったんですから、『バカ息子』はやめてあげたほうが…」

 とりなすような光に、エミーナはイーグルとよく似た笑顔を浮かべた。

 「そうね。ランティスに逢ってみてから考えるわ。彼が本当に幸せになれたのなら、そうしてあげる」

 果たされたも同然の約束に、光はふわりと微笑み、部屋を出て行きかけたエミーナに念を押した。

 「約束してくださいね?」

 「ええ。――すっかり話し込んでしまったわね、おやすみなさいヒカル」

 「おやすみなさい」

 ドアが閉ざされると、視線を窓の外に移した光は遥か北の地のランティスに語りかけた。

 「責任重大だよ、ランティス…」

 人恋しさに抱え込んだ大きな枕が急激に眠気を誘い、結局着替えもしないまま光はベッドに倒れ込んだ。

 

    

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インタークーラー…オートザムでの流行性感冒のようなもの(車関係からいろいろ言葉を引っ張ってくるのもツライですね・笑)

レディ=エミーナ…オートザム大統領夫人、イーグルの母。名前はトヨタ エスティマ・エミーナから。

CVイメージは松井菜桜子さん。性格的には「イタズラなKiss」の入江君の母の印象です。

 

 

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