6月29日 vol.2              

 

 

 ――セフィーロ城・聖堂内

 午後になっても光の熱は一向に下がらず、ランティスと海の申し合わせで、光抜きでのリハーサルを行うことになった。

結婚式当日はビデオ撮影をする海が今日は光の代役を務めている。祭壇前で花嫁を待つことになるランティスが、何故か

自分の隣に立っているフェリオ王子に声をかけた。

 「イーグルの代役をしてくれているのか?あいつは指輪の小箱を導師に渡すだけだから、別に今日は居なくても構わないと思うが」

 「あれ?ウミに聞いてなかったのか?イーグルをベストマンにするのは取りやめだって言ってたぞ。自分もカメラ撮影で

メイドオブオナーが出来ないから、俺とフウをバイシャクニン(媒酌人)夫妻ってことに変更するってさ。俺もさっき昼飯食ってるとき、

急に言われたんだけどな」

 朝から何度か顔を合わせているというのに、何故自分には言わなかったのだろうと思いつつ、ランティスはメイドオブオナーの

立ち位置で椅子に腰掛けている身重の風のほうをちらりと見遣った。

 「彼女は大丈夫なのか?」

 「フウ!身体はつらくないか?」

 フェリオとランティスのほうを向き、風はにこにこと微笑んでいる。

 「ええ、心配ありませんわ。明日の式でも、ちょっと失礼してこうやって椅子に掛けさせていただきますから」

 「すまない」

 「私達の結婚式のときに、あんなに力になっていただいたのに、光さんの結婚式のお手伝いが少しも出来なくて心苦しかったんです。

お役に立てて嬉しいですわ」

 そんな話をしている間にヴァージンロードをすたすたと歩いて海が入ってきていた。

 「ほら、おしゃべりしてないで真面目にやって!光がここまで来たら、クレフが挙式開始の宣言をします。そのあと、誓いの言葉を

問われるから、『はい、誓います』って答えること。出来れば二人の声が重なるほうがいいから、これはあとで光と練習しておいてちょうだい」

 「判った」

 「誓いの言葉が済んだら指輪の交換に移ります。フェリオが指輪の小箱をクレフに渡してる間に、光は手袋を外して、ブーケと一緒に

風に預けます。光の準備が出来たのを見計らって、クレフはまず光の指輪をランティスに渡してね。で、ランティスは光の左手の薬指に

指輪を嵌めてあげる、と。そのあとクレフは光にランティスの指輪を渡して以下同様!」

 「フェリオ達のときと変わらんから、私は問題なく理解しているぞ」

 こと細かに説明する海に、クレフが苦笑いを浮かべて言った。

 「クレフは気にしないで。ランティスがきっちり把握出来るように、細かく言ってるだけだから。指輪の交換が終わったら、ここに

フェリオが用意してくれる結婚証明書にサインします。用紙はこれ。Brideの欄に光が、Bridegroomの欄にはランティスが署名するの」

 地球の英語で書かれた結婚証明書なので、海は指さしながらランティスが頷くのを確認している。

 「光とランティスの署名が終わったら、証人として風とフェリオにも署名してもらいます。それぞれ日本語…てゆかここに書くなら

英語かな…とセフィーロ語で書くってことで」

 「あら、私はもうセフィーロ語でもサインが出来ますわ。どちらで書けばよろしいのかしら」

 右手を頬にあて困った様子で小首をかしげた風に、ひょいと肩をすくめて海が言った。

 「そりゃ風は書けるでしょうけど。花嫁側の証人だし、地球の文字でいいんじゃない?」

 「それもそうですわね」

 「結婚証明書にサインを終えたら、ランティスと光はここで向かい合って誓いのキスをします」

 「………判った」

 ホントに判ってるのかといぶかしみつつも、こればかりは光の代役を果たすわけにはいかないので、海もスルーを決め込んだ。

 「そのあと、クレフが結婚成立を宣言して、二人は腕を組んでドアのほうに退場します。ドアの外でお祝いのフラワーシャワーを受けて、

天気がよければテラスぐらいまで出て、光がブーケトスをして終了、…って感じ。なにか質問は?ランティス」

 「ない」

 「じゃ、これで終わり。皆さんお疲れ様でした。明日はよろしくお願いしまーす!」

 海が仕切ったところで、それぞれが聖堂(広間)をあとにしはじめ、ランティスはクレフのあとを追った。

 「導師クレフ」

 「どうした?」

 ランティスは一段声を落として、クレフに気がかりを訊ねた。

 「指輪の小箱、王子が触れられるでしょうか」

 「すでにあの宝玉はお前達を主と定めているのだから、問題はないだろう。もしも無理なようなら、私が最初から預かっておけば

いいことだ。――いよいよ明日だな。あんなに小さかったお前が家族を持つようになるとは、私も感慨深い。お前にも、ヒカルにも…

幸せになってほしい」

 「導師…」

 「薬湯を用意しよう。ヒカルに持っていってやるといい」

 「はい」

 

 

 ――セフィーロ城・光の部屋

 小さく二度ほどノックしたあと、光の返事を待たずにランティスが部屋に入ってくる。城内のドアにはクレフによる魔法がかけられており、

光の部屋は海、風、ランティスは光が開錠せずともいつでも入れるように設定されていた。(その程度の魔法はランティスにもかけられるのだが、

海と風の二人に文句を言われないよう、あえてクレフに任せた) クレフが煎じた薬湯などを載せた盆をサイドテーブルに置くと、ランティスは

光の顔を覗きこみそっと額に触れた。昼よりは熱が下がっている感じに、ランティスが安堵の吐息をもらすと、人の気配に気づいて光が目を覚ました。

 「すまない。起こしてしまったな」

 「ううん。もう夜なんだね。リハーサルも済んだんだ…。ごめんなさい、出られなくて」

 目線を伏せる光の頬にかかる髪を払いながら、穏やかにランティスが答える。

 「明日のほうが大切だろう?プレセアが果物を用意してくれた。食べられるか?」

 「うん」

 身体を起こそうとする光をランティスはしっかりと支えた。いつでもそんな風に気遣ってくれるランティスに、光が小さく笑う。

 「そんなに重病人じゃないってば、ランティス」

 「俺はこうしていたい。――嫌か?」

 「嫌じゃないよ。ランティスの鼓動を感じて、すごく安心できるから」

 「ほら」

 そういいながら皿の上の果物をひとつ、ランティスは光の口許へと運ぶ。

 「なんだか雛鳥になったみたいだ」

 差し出されるままに光はその果物をしゃくりと噛んだ。いままでセフィーロでは食べたことがない、けれど光には懐かしいような味と食感がする

それを、シャクシャクと噛みしめる。ごくんと飲み込んでから、光はランティスに尋ねた。

 「この果物なに?セフィーロでは見たことない気がするけど」

 「オーリスか?導師宛の書簡と一緒にイーグルが送ってきたものらしい。オートザムでは良く見かけたが…。ヒカルは初めてだったのか?」

 「ふぅん、オーリスっていうんだ。初めてなんだけど、初めてじゃないような…」

 一人でくすくす笑い出した光の顔を、ランティスが覗き込む。

 「ヒカル?」

 ひとしきり笑ってから、光はランティスに答えた。

 「ごめんね、一人でウケちゃって。あのね、地球に『りんご』って果物があるんだ。病気で寝込んでるときなんかに、母様がよくすりおろして

食べさせてくれたんだけど、その品種のひとつに『王林』っていうのがあって、それにすごく似てるんだよ、これ。それでなんだかおかしく

なっちゃったの。遠い世界のはずなのに、意外に近いなって…」

 少しトーンが落ちた声に気づいて、ランティスはほっそりとした光の身体を抱きしめる。

 「――帰りたくなったか…?」

 自分を抱きしめているランティスの腕に手を添えて、光は静かに答えた。

 「懐かしくないわけじゃないけど…。これからの私が帰るところは、ランティスの居る場所だよ」

 「ヒカル…」

 いとおしげに光を見つめ、軽く上を向かせてくちづけようとしたランティスの唇が光の左手に阻まれた。ここで拒まれると思っていなかった

ランティスが、軽く目を見開く。

 「ヒカル?」

 「ダメだ!ランティスに感染っちゃったら困るよ。『オートザムに行ったら、昔、お世話になった人のお見舞いに行くから』って、昨夜言ってた

じゃないか。昨日プレセアのところでしちゃったのも、マズいと思ってるのに…」

 「俺は風邪なんか引かない」

 「インフルエンザは風邪とは別なんだってば。もう部屋から出てもらったほうがいいかな」

 一人で過剰に気を回している光に、ランティスが深い溜息をつく。

 「そんな心配をする前に、もう少し食べて薬を飲んだらどうだ?導師の薬湯は冷めると余計に苦くなるぞ」

 「そ、それはちょっとイヤだ」

 慌てて残りのオーリスを口に放り込みながら、最後の一切れを咀嚼して飲み込んだところで光が「あっ!」と声を上げた。

 「どうした?」

 「薬湯飲んだ後の口直しに、一切れ取っとけばよかった」

 くっくっという聞きつけない音に光が振り向くと、ランティスが口許を拳で押さえて笑いを堪えていた。なんとなく子ども扱いされた気がして、

少しいじけた風に光が呟いた。

 「ランティス、笑ってるし…」

 「ヒカルが子供みたいなことを言うからだ」

 「声立てて笑ってるのは初めて見た気がする」

 「…そうか?」

 「うん。出逢ってから九年近くになるのにどうして知らなかったんだろうって思ったんだけど、そのうちの七分の二も逢えなかったんだよね。

私達、週末ぐらいしかセフィーロに来られなかったし。それも入試とか定期試験とかで飛んじゃったりしたから」

 「不安になったのか?」

 「ううん。これからはずっと一緒に居られるんだもん。きっと新しい発見があって楽しいと思うよ」

 どこまでも前向きな光の笑みをまぶしげに見ながら、ランティスは薬湯の器を光の前に差し出す。

 「それなら冷めた薬湯の苦さも新しい発見だな」

 「…それは、あんまり発見したくなかったんだけど…」

 器の中の薬湯とにらめっこでもするかのように、じいっと見つめたあとで、一気飲みのような勢いで光は薬湯を飲み干した。あまりに勢いが

よすぎて最後に気管に引っかかってしまい、ケホケホとむせかえる光に、ランティスは背中をさすりながらもいささか呆れて苦笑いを浮かべている。

 「そんな飲み方をするやつがあるか」

 「だって本当に昨日のよりずっと苦かったんだ。じっくりなんて味わえないよ。この味我慢してるんだから、明日には熱が下がるといいなぁ」

 「明日といえば…、練習しておけとウミに言われたな」

 「何を?」

 「導師から誓いの言葉を投げかけられたあとに、『はい、誓います』と答えるだろう?そのタイミングを合わせておけと言われた」

 「えーっと、風ちゃんにセフィーロの文字で書いてもらう前の下書きがあったはずなんだけど…」

 そう言いながらベッドから下りようとする光をランティスがとどめて、クレフが言うはずの誓いの言葉をよどみなく暗誦した。

 「すごい…。覚えちゃうほど練習させられてたの?」

 「いや、一度聴いただけだ。魔法の修練のときはもっと長い文章を一度に覚えさせられたからな。こういうのは苦にならない。もう一度言うから、

ヒカルが答えやすいタイミングで言えばいい。俺はそれに合わせる」

 低くて優しいランティスの声で滔々と述べられる誓いの言葉を、光は目を閉じてうっとりと聞いている。その言葉をかみしめて、一呼吸置いて光が答えた。

 「『はい、誓います』……こんな感じでいい?」

 「ああ。――あと、もうひとつ…問題がある」

 言いよどむランティスを上目遣いに光が見上げる。

 「みんなの前で誓いのキスなんて…、ランティスは嫌かな。やっぱり…」

 「そのことで少し提案がある…」

 一年前の王子達の挙式の日にイーグルから出された課題を、ランティスは光に提出する覚悟を決めた。

 

 

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オーリス…地球の「王林」に似た果物

↑これもかなり最近の車ですね(^.^;

                                           

 

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