6月28日 vol.2              

 

 創作室にランティスを伴ったプレセアが戻り、光に静かに問いかけた。

 「気持ちの準備は出来てる?」

 「もちろん。お願いします、創師プレセア」

 「じゃ、二人ともこちらへ。ここで向かい合わせに立って」

 導かれるままに部屋の中央に描かれたサークルの中に立ち、ランティスと光が向かい合う。

 「自分の石は決めているわね?左手の薬指っていったかしら…?」

 フェリオ王子と風の時に、風が実家の両親から贈られたという地球の宝石・エメラルドで結婚指輪を創ってやっているが、

間違いがあってはいけないとプレセアが念押しする。

 「そう、二人ともこの指に嵌めるんだよ」

 光は自分の左の薬指を、プレセアにさし示す。

 「ありがと、ヒカル。左手の手のひらを上に向けて、自分の石を軽く握りこむように。――そう。右手はお互いの左手の上に

重ねて…って、ちょっと…どころか、随分無理があるわね」

 フェリオと風はそんなに身長がかわらなかったのでプレセアは気に留めていなかったが、この二人では身長差がありすぎて、

ずっと腕を上げたままの状態になる光の負担が大きくなってしまう。

 「仕方ないわね、ランティスは跪いてちょうだい。それならなんとかいけるでしょう?」

 言われるまま光の前に片膝を落とすランティスの姿は、姫に忠誠を誓う騎士のようだとプレセアはくすりと笑った。プレセアの

笑みの理由が判らないランティスが、怪訝な顔で問う。

 「こうではないのか?」

 「いえ、それでいいの。気にしないで」

 気にするなといわれても、といった風情でランティスが光に視線を送る。光は小さく肩をすくめただけで穏やかに微笑んでいるので、

彼も気を取り直すことにした。

 光がゆるく握っている左の拳を包みこむ大きな右手にも、光がさしのべる右手を預かる左の拳にも、ランティスはしっかりと力を

入れて光を支える。

 「そのまま目を閉じて、お互いのことを心で感じて・・・」

 目を閉じて意識を集中させている二人の周りで、プレセアは先程ランティスに取らせた箱から取り出したものを、サークルに沿って

静かに並べていく。

 「それじゃあ始めるわね」

 プレセアの白い衣装が風をはらんだようにふわりと浮かび上がり、ランティスと光を包み込んだ。

 

 

 プレセアが舞い始めると、光の左手からは紅い光が、ランティスの左手からは蒼い光があふれ出し、やがて二人の左手が同時に

ビクンと跳ねた。

 『――くっ…、なんて、力だ…』

 その昔、ランティスはメルツェーデスから受け継いだ魔法剣を、自分が使いやすいように打ち直してもらったことがある。一から

自分の為に創ってもらうより、打ち直しのほうが負担が大きいのだが、これはそんな比ではなかった。体調の優れない光にこんな

負担を強いてまで、本当に必要なものだったんだろうかと、ランティスは自分の判断の甘さを悔いた。

 『左手が…熱いんだか、痛いんだか…よく判らない。きっと…同じように…感じてるんだよね。ランティスの左手…、震えて…た』

 石からほとばしる強い力に翻弄された光の意識が、いまにも途切れそうなことを感じ取って、ランティスは心で呼びかける。

 『ヒカル!ヒカル、意識を手放すな!いま意識を失ったら、石に獲り込まれる…!』

 使う者を選ぶほどの力を備えた魔法石は、時に、それに見合うだけの心の強さを持たない者を獲り込んでしまうことがある

――以前耳にしたときはただの与太話だと思ったことも、これほどの力を見せつけられては、ランティスにもただの冗談だとは

思えなくなっていた。

 『ランティスが、呼んでる…。私、何、してたんだっけ?…そうだ、プレセアのところで…二人の、結婚指輪…。どうしてだろ…。

ランティス、私の前にいるのに…なんだか、背中から抱きしめてくれてるみたい。ランティス…いつも私を護ってくれるけど、私も…

ランティスを護れるように、強くなりたい…!』

 光のその言葉を待っていたかのように、サークル上にプレセアが並べていた箱の一つから、幾筋もの細い銀色の光が噴き上がる。

プレセアの舞に呼応するように宙でうねったのち、その光は二人の左手へと収束し始めた。左手に握られていたはずの石は、

その手を覆うように重ねられていた相手の右手すら幻のように通り抜け、細い銀色の光の糸に絡め取られていく。まぶたを閉じていてさえ

目が眩みそうな光が部屋を覆いつくしたあと、少し経ってからプレセアの声が耳に届いた。

 「もう、目を開けてもいいわよ」

 ゆっくりと開かれた二人のまなざしが、目の前に静かに浮かんでいる二つの指輪に注がれる。二人がそっと受けとるように両手を

上に向けると、それぞれの手に指輪がふわりと下りてきた。

 「――すごく綺麗だ。ありがとうプレセア。大切にするね!」

 掌の上の指輪の輪郭に指を滑らせていたランティスがプレセアに問いかける。

 「これは――ラグレイトか?」

 「そうよ。見込まれたものね、二人とも」

 「めずらしい物なの?地球のプラチナみたいな感じだけど…」

 アクセサリーに詳しくない光でも、プラチナは両親が結婚指輪に使っていたので見覚えがあった。

 「プラチナのことは判らないけど、エスクードと同じぐらい希少な鉱物よ。魔導師の杖や魔法剣にするのに向いてるんだけど、

あなた達の石と同様、手にする者を選ぶの。だから、二重の意味で、『見込まれたわね』って」

 何かを考え込む様子のランティスとは対照的に、光は瞳をキラキラと輝かせている。

 「結婚って、二人だけのことだと思ってたんだけど…そんなに『見込まれて』も、何をどうしたらいいんだろう?判る?ランティス」

 名を呼ばれてハッとしたようにランティスは光に視線を戻した。

 「いや。これからゆっくり考えればいいだろう」

 「そうだね。あのねランティス、これ、お城まで嵌めて帰っちゃダメかな?」

 甘えるようにねだる光に、ランティスが逆らえるはずもなく。プレセアがそこで思いついたように声をかけた。

 「じゃ、指輪交換の練習ってことでいきましょうか♪」

 いやに嬉しそうな創師の言葉に、何度も人前でやりたくないと思っていたランティスは微かにひきつっていた。

 

 

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ラグレイト…セフィーロの鉱物

最初は考えるのが面倒で(をい)ミスリルにしてたんですが

コミックス読みなおしてたら、ミスリルがないことが判明したので

鉱物っぽい名前の車を探してみました

                                         

 

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