6月27日 vol.2              

 

 

 

  朝食の後片付けを済ませると、光は兄たちが起き出している間にと、布団干しやパジャマやシーツの洗濯に取り掛かる。

さすがにこれは失敗の余地がないだろうと、忙しげに家の中を行き来する妹を、兄たちもぼんやりと見守っていた。

 「こんな姿も見られなくなるんだね」

   布団を運ぶ手伝いを申し出たものの、「覚兄様も治りきってないんだから、じっとしてて!」と言い付けられた覚が、

居間でお茶を啜りながらしみじみとつぶやく。

  「つーか、あんなにやってるとこ、見た記憶ないけど?」

  光が家の用事をしなかったというわけではない。「自分のことは自分でやる」という家訓から、自分で持てない幼少

時代を除き、みながそれぞれにやっていたから見る機会もなかったに過ぎない。  

 「学校行ってるか、剣道やってるか、試験勉強やってるか、異世界行ってるか、ほぼ四択だった気がするよな、

この九年ぐらいは…」

  翔の言葉に優もあっさりと頷きながら、怒涛の二年間を振り返る。「異世界に行ってる」という選択枝があることを

優たちが知ったのは、ここ二年足らずの話だ。覚だけもっと以前から知っていたというのが、下二人にしてみれば

ちょっと癪に触っていたのだった。

  

 ちょうど去年の正月ごろ…。うちにも何度か遊びに来ていた光の親友・鳳凰寺さん(実は所属の部活も違う他校の

生徒だったと聞いて、どこに接点があったのかとまたびっくりしたものだ)が、大学を中退して結婚するのだと言い

出した。鳳凰寺と言えば翔でも知っているような名家で、ついうっかり、「政略結婚にしても、卒業も待てないなんて、

デキたのかな?」などと言って、光に、「違う!」と噛み付かれていた。問題なのはその先で、その鳳凰寺さんの

結婚式の準備のために、ちょくちょく外泊することを許して欲しいというのだ。鳳凰寺ほどの名家の結婚式が、親友の

手づくり感あふれるアットホームなものになるとも思えず優たちが問い質したところで、初めて光の異世界冒険譚が

語られた。(とは言え、光も全てを語った訳ではなかったが) 既に多少の事を知っていた覚はともかく、優や翔には

妹が悪い病気にでも罹っているとしか思えなかった。だが、その懸念(あるいは一縷の望み?)も翌日には打ち砕かれた。

当の鳳凰寺さんが菓子折りを携えた姉を伴って、「光さんのお力添えをいただきたいのです」と挨拶にやって来たのだ。

鳳凰寺さんはともかく、その姉までが彼らを謀る理由はないので、納得出来ようが出来まいが、信じざるを得なかった。

その時点で、「実は光のお相手も向こうの奴だった」なんて判っていたら、間違っても手伝いの許しなんか出しゃしなかった

のにと、優と翔は後悔したものだ。多くを言わなかった光の作戦勝ちだった。(もっとも長兄の覚がいいと言えば、

下二人がなんと言おうと光は飛んで行っただろうけれど)

  そして光のメガトン級爆弾発言は、鳳凰寺さんの結婚式直後に投下された。自分も尽力した式の余韻に浮かれても

いたのだろう。夕食の席で式の様子を話しながら、口が滑ったんじゃないかというほどするっと、「私も結婚したい人が

いるんだ」と言い出した。

  「「何だって?!」」

  ユニゾンで驚いたのは、もちろん優と翔だ。覚は相も変わらずニコニコと光の話の続きを待っている。大学は共学だし、

可愛い光に声を掛ける不届き者の一人や二人、出てもまぁ仕方ない。自分たち三兄弟が叩き潰せばいいだけの話だと

思っていた。だが、可愛い妹の姿をした戦略爆撃機は更なる破壊力の高性能爆弾を投下した。

 「ランティスっていってね、向こうで魔法剣士をやってるんだ」

  … 鳳凰寺さんの話からして

 1.相手はこちらに来られない

 2.光たち以外は向こうへ行けない (だから家族を差し置いて光たちが準備を取り仕切った)

  三兄弟が負けたならいざしらず、(たとえ打ち負かしたとしても、その後の交換日記もなく!)、実力のほども判らない

奴と、光が結婚?

  「俺達と勝負もしてない奴なんか、誰が認めるもんか!絶対反対っ!」

  「俺も反対っ!」

  優と翔が口々に反対表明をするが、予想の範囲内なのか光はあまり動じない。

 「ランティス連れて来られないし、兄様たち連れて行けないのに、手合わせなんて無理じゃない。あの模範試合見れば

実力は見当つくと思うんだけど?」

 「いつそんなの見せたよ?知らないよな、翔」

 「知るもんか」

 兄たちがとぼけているのかと思いつつ、光は正確にはいつだったかを思いだそうとしている。

 「えーと、私の二十歳の誕生日よりも前だったと思う…。うん、二年前の六月ぐらいに、『面白いもの見せてあげる』って、

翔兄様にテープ渡したはずだよ?」

 光の言葉に翔が記憶の高速巻き戻しを始める。

 「光に渡されたテープ…?ん……!?あ、あれか?!優兄(にい)、あの自主制作のことじゃねぇ?」

 「自主制作?何それ」

 今度は光のほうが、訳がわからないと首を捻っている。

 「どっかの原っぱで、騎士みたいな奴らが戦ってて、雷がドカーンっての」

 「…そういやそんなの見たな」

 「うーん、言われてみればそんな感じだったかもしれないけど…。あれお芝居じゃないし、コスプレじゃないからね!

黒い鎧のほうがランティスだよ」

 「そういうものを見た記憶がないな」

 考え込んでそう言った覚の言葉に、光が眉根を寄せた。

 「優兄、あれ、見た後どうしたっけ…?」

 「そうそう!作品の出来は結構よかったから、学校の友達に回して…」

 「失くしたの!?あれ、やっとの思いで持ってきたのに」

 「ちゃんと探す!それは約束するから泣くな!」

 「泣いてないけど…。――覚兄様も結婚には反対?」

  「大学はどうする?鳳凰寺さんのように辞めてしまうのかい?」

  穏やかに問い掛ける覚に、光はふるふると首を横に振った。

  「覚兄様、大学を辞める形になったけど、風ちゃんは風ちゃんなりに、やりたかった勉強は済ませてるんだ。私の

勉強はまだ終わってないから、中途半端なことはしない。きちんと卒業してからの話だよ」

  「なら構わないよ。だけどこれは、父さんたちにもちゃんとお話ししないとね」

 「覚兄さん!何あっさり許してんのさ」

 「そうだよ」

 ぎゃんぎゃん噛み付く翔や優に、覚が苦笑する。

 「妹を可愛いがってるのは判るけれど、光もいつかは嫁ぐんだよ。出逢いが早ければ、そのいつかも早いさ」

 「優兄様や翔兄様がどんなに反対しても、もう二十歳過ぎてるんだから、自分の意思で結婚出来るんだよ、私」

 「うるさいっ!日本の法律が許しても、俺は絶対許さないっ!ごちそうさま!」

 夕飯もそこそこに、優は居間を出ていってしまう。翔も鶏の唐揚げをもうひとつ口に放り込み、「おひぇもはんひゃい

(俺も反対)!」と言い捨てて居間を出ていった。

 「翔!お行儀が悪いよ。…やれやれ」

 「すぐに賛成してくれるとは思ってなかったけど、やっぱり手強いなぁ。兄様はどうして認めてくれたの?」

 少し不思議そうな妹に、覚は穏やかに笑いかける。

 「おや、反対してほしかったのかな?」

 苦笑まじりの覚の言葉を、光は慌てて否定する。

 「そんなことないよ!覚兄様が賛成してくれて、すごく心強いもの!」

 「そうかい?理由を挙げるなら、彼らより長い間、光を見てきたからかな。優や翔は自分が学校に行ってる時間は、

光を見ていない訳だし」

 「それはそうだけど…」

 「一時は酷く落ち込んでいて心配したけど、それを乗り越えてからの光は、とても充実した感じで幸せそうだったから。

きっと恋でもしてるんだろうと思ってたよ。あれからずっと想い続けてるなら、反対のしようがない」

 「覚兄様…」

 「ところで、優たちが反対し続けたらどうするんだい?駆け落ちでもするのか」

 「大学卒業するまでまだあるから、頑張って説得してみる。それより父様と母様が賛成してくれるかなぁ」

 「優たちほど手強くはないと思うよ。連絡を取っておくから、話は自分で出来るね?」

 「もちろん」

 実際のところ、光が自分で話すまでもなく、覚からの連絡だけで、「大人なんだから好きにしなさい」と許しが出て、

放任なのか寛容なのか 相変わらずよく判らない獅堂家の家長夫妻だった。

 

 

 布団や洗濯物を干し終わると、光は母と連れ立って近くの商店街へ夕飯の買出しに出かけていった。母がずっと

不在がちだったので、母娘で買い物に行ったこともほとんどなく、少しばかりの親孝行のつもりなのかもしれなかった。

 「覚兄様、ただいま帰りました」

 「おかえり、光。ずいぶんたくさん買い込んできたね」

 「可愛いエプロンとか、いろいろ買ってもらっちゃったんだ。持ってきたミニリュックじゃ入りきらないぐらい」

 「ボストンバッグでも貸そうか?」

 「自分の部屋に何かあると思うから大丈夫」

 「ピーラーやスライサーよりも、圧力鍋とかフードプロセッサーのほうがよかったんじゃありませんの?」

 まだ不安そうな母に、光が苦笑する。

 「そんな大きなもの持って東京タワーの展望台に行けないってば。それにバッテリー以外の電源のいるものは

無理だし。これで充分」

 「そんな便利グッズで手抜きしてると、上達しないと思うけどなぁ…。母さん、光に甘いよ」

 少し意地悪くそういった翔に、ほうっとため息をつきながら母が答えた。

 「でもねぇ、光さんたら包丁を持っている右手を切ったりなさるんですもの」

 「母様っっ!?」

 「くっくっくっ、し、信じらんないヤツ〜っっ!」

 「優兄様まで…。そんなに笑わないで」

 「これじゃ大魔王に愛想をつかされるのも時間の問題だよな。いつでも帰って来いよ、光」

 「もう翔兄様、大魔王って呼ぶのやめてってば。ランティスはそんなに気が短くないから平気だもん。荷物片付けたら、

夕飯の用意手伝うね、母様」

 パタパタと小走りで廊下へ駆け出した光が、コンコンとニ、三度咳をしていた。覚がすでに光の姿が見えない廊下を

心配げに見遣る。

 「まさか光に感染ったんじゃ…」

 「ちょっと咳しただけじゃね?覚兄さん、気の回しすぎだって」

 「だといいんだが…」

 少ししてまたパタパタと台所に戻ってきた光が、珠暖簾を掻き分けて居間でたむろする兄達に笑いかけた。

 「晩御飯は肉じゃが作ってくからね」

 「うーん、カレーの次ぐらいに失敗がないよな。まぁ、頑張れ」

 「そんなに言うなら食べなきゃいいのに、翔兄様」

 「いや、とりあえず食わないと体力回復できないから、余程のことがなきゃ食ってやるよ。安心しろ」

 「失礼なんだから、もう」

 翔の言い草に光はぷいっと怒って珠暖簾の向こうへ姿を消した。母と楽しげに談笑しながら、やはり光は時々

コホンコホンと咳をし始めていた。

 「やっぱり危ないな」

 覚はそういって立ち上がると、一本の電話を掛けた。

 

 ふかふかになった布団や洗濯物も取り込み、きちんと畳み終え、夕飯の用意も手伝い終われば、はや夕方と

呼んでよい時間になっていた。東京タワーまでも近いとはいえないし、そろそろ出なければセフィーロに帰るのも

遅くなってしまうなと、光は身支度を整えた。手荷物を持ったまま廊下から居間を覗いて、光が暇を告げる。

 「母様、兄様、私そろそろ帰るね」

 「『帰る』か…」

 当たり前のようにセフィーロへ『帰る』と表現する光に、優は寂しさを禁じえない。

 母は座卓の上に用意してあった紙袋を持って立ち上がると、それを一人娘に手渡した。

 「せっかく光さんが作ったんだから、肉じゃが、少し持って帰りなさい」 

 「ありがとう、母様。セフィーロの食事とずいぶん感じが違うんだけど、ランティス食べられるかなぁ…。じゃ、また

落ち着いたら遊びに来るよ。兄様たち、しっかり風邪治してね」

 「待ちなさい、光。向こうへ帰る前に医者に寄っていったほうがいい。昼ぐらいから、時々咳をしてるだろう?」

 「平気だよ、覚兄様。それに夜の診察待ってたら、帰りが遅くなるもの」

 「かかりつけの先生に電話でお願いしてあるから、これから一緒に行こう。ちょうど薬が切れてしまうしね」

 「…はい、兄様」

 用意周到に電話済みと言われては、覚の顔を潰すわけにもいかず、しぶしぶ光は寄り道を承知した。

 

 

 

 

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当サイト限定事項

第二章の頃、オートザムから帰還した頃のランティスは

約二名を除いては敬遠されてましたからね

同じフロアどころか、実はすぐ上もすぐ下も

誰もいなかったりして…

メゾネットタイプでも改装できそうです(笑)

                                  

 

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