6月26日 vol.2
――セフィーロ・ランティスの執務室兼私室
その日ランティスは休暇を持て余していた。
長く続いた雨がようやく上がって快晴になったというのに、プレセアのところにいく予定は光の不在でキャンセル
せざるを得なくなったからだ。フェリオ王子ならともかく、今日の剣術指南はラファーガが仕切っているので、あまり
顔出しする訳にもいかない。模範試合をするときや魔物退治に出かけるとき以外は、なるべく距離を置くように
心がけていた。ランティスには特に思うところもないのだが、ラファーガのほうにはなにがしかあるのだろう。馬が
合わないとか、虫が好かないとかはどうしようもないことだからと、出来るだけ関わらないようにしていた。
昼寝好きの彼ではあったが、まだ朝のうちとあっては「昼寝」にもならない。しばらくぼんやりと窓の外を眺めていたが、
ふと思いついたように執務机の引き出しを開けた。
引いた拍子にシャラっと小さな音を立てたそれを、ランティスはそっと取り出した。歳月を経て微かに色変わりした
白いリボンに、いまも涼やかな音を立てる青い鈴。これを光に見せたならどんな顔をするだろうと思いながら、それを
机の上に置いた。便箋とブルーブラックのインクと光に贈られたガラスペンを取り出し、書棚のほうに歩いていくと
光から譲り受けた文字を調べる為の分厚い書物を手に机に戻った。
青い鈴の向こうにほんのひととき交わった小さな姿を思い浮かべながら、ランティスは一通の短い手紙をしたため始めた。
休暇だというのもお構い無しで面倒を押付ける導師の用向きを片付けたランティスは、そのまま城には戻らずエクウスを
ある場所へと向かわせた。
「ずいぶんと変わったな…」
山の稜線や湖との位置関係からこの辺りで間違いはないはずだが、高校に合格したばかりの光と二人で見た荒涼とした
赤茶けた岩地は消え、眩しいほどの豊かな緑で覆われていた。見渡す限りの草原のそこここに群生する白い花を見つけて、
ランティスはその近くに降り立った。
「アイシスが根づいたのか」
咲き乱れるアイシスの白い花の甘く柔らかな香りが立ちこめる。香りの甘さも苦手なランティスではあったが、その花の
香りだけは遠く懐かしい人を思い出させてくれた。
懐から取り出した青い鈴のついた白いリボンを指に掛けて、ランティスは空にかざした。
「覚えておられるだろうか…。昔、母上がつけてやったものなんですが」
最初に拾ったときのことはその頃の出来事ごとずっと忘れていた。二度目に拾ったときにアイシスの香りがして、痛みに
似た懐かしさを感じながら、それが何故なのか解らずにいたことも、思い出したのはずっと後になってからだったけれど。
ここでアイシスの花を手向けてくれたあの少女と、この白いリボンを結んでいたものが同じ者だと知ったら、そしてそれが
息子が生涯をともにしようとしている相手だと知ったら、さぞかし驚かれるだろうなとランティスは小さく笑った。
あれからずっとランティスは光に何も話さなかったし、光があのとき何を祈っていたかもランティスは訊ねなかった。
その願いが叶ったのかどうかも確かめてはいないけれど、それはまたいつか光がいいと思えば話してくれるだろう。
「そのうちに、また連れてきます」
夕風に吹かれたのかオルゴールボールのようなシャラララ…ンというかそけき鈴の音が、ランティスの言葉に答えていた。
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6月26日vol.1とともに、「Silent....」とか「a long time ago - side LANTIS -」とか、
まだ未公開の話(カウンタ012345記念企画のアフターストーリー)とかが
微妙にクロスオーバーしてます
エクウス…ランティスの精獣に光が命名。ヒュンダイ エクウスより
アイシス…地球の白い水仙のような花。ランティスの母が好んでいた。トヨタ アイシスより。