6月24日 vol.2             

 

――東京タワー・展望台

 キラキラと輝く光の粒子とともに一人の小柄な娘が現れたことに、その場に居た誰ひとりとして気づくことはない。

その瞬間はいつも時間が止まっているからだ。ゆっくりと目を開けて居場所を確認した光は、リュックを持っている

ことも再確認する。

 「よし。あとは『ひよこまんじゅう』買ってくんだっけ」

 鳳凰寺家に立ち寄る手土産に『ひよこまんじゅう』を買っていってほしいと風に頼まれていたことを思い出し、光は

売店へと向かった。

 

 

 鳳凰寺家に行くと風の姉の空が在宅しており、光は招じ入れられた。応接間に通されると、空が手ずから用意した

お茶でもてなされ、光は風から預かったミニDVビデオカメラとひよこまんじゅうを差し出した。

 「いつもありがとうございます。風は変わりなくやっていますかしら?」

 渡されたミニDVを音量を下げて再生しながら小首をかしげてそう尋ねる空は、やはり風によく似ているなと光は

思った。

 「はい。もうじき産まれてくる赤ちゃんを心待ちにしていますよ。フェリオと名前の候補を考えるのに忙しいみたい

です」

 「そう。初めての妊娠で心細かったでしょうに力になってあげられなくて、母も心配しておりましたの」

 

 あの時――。予定が揃わずばらばらで東京とセフィーロを行き来することが多くなっていた光達が、たまたま三人

そろってセフィーロから東京に飛ぼうとしたのに、風一人だけ東京タワーに姿を現さなかった。驚いた光と海は慌てて

またセフィーロに向けて、文字通り飛んで帰った。そのまま広間にいた風も目をパチパチさせて、「私、いま飛べません

でしたわね…。やっぱりそういうことなのかしら」と二人には意味の判らないことをつぶやいた。

 「風ちゃん、調子悪かった?もう一回手をつないで飛べば大丈夫だよ」

 そんなふうに心配する光に、風は静かに首を横に振った。

 「いいえ。私、東京行きは取りやめます。鳳凰寺の家への伝言をお願いしてもよろしいですか?」

 「いいわよ。なんて伝えればいい?」

 「伝言ぐらいいくらでも伝えに行くよ!」

 口々にそういう二人の親友の耳元で、風は、「まだ他の方には内緒にして下さいね」と念押しした上で、自分の

体調の変化を告げた。

 「ホントなの?!風」

 「…それって、セフィーロの人があちらに行けないからか…?」

 「そのように考えるのが妥当ではないかと…。ですから、『一年ぐらいは里帰り出来ません』と伝えていただければ…」

 その言葉を聞いて、光と海は二人して風を抱きしめる。

 「私達でよければ、いつでも伝言に行くから、しっかりするのよ、風!」

 「風ちゃん…。少し寂しいと思うけど、もっと嬉しいことが待ってるから、ね!」

 「はい。ありがとうございます。海さん、光さん」

 

 はっきりとした確信があるわけではなかったが、フェリオの子供を身籠った風は東京に帰れなくなってしまっていた。

セフィーロの者の中でも特に意志が強いランティスでさえ、光とともに何度試しても東京へは飛べなかったので、彼女

達の中では、「セフィーロの人は東京へは来られない」という認識が出来上がっていた。そのセフィーロのフェリオの

血を半分受け継いでいる子供を宿しているから、風も東京へ飛べないというのが一番可能性としては高かったし、

危険を冒してまで試すようなことでもなかった。

 

 「でも風ちゃんは私達の中で一番しっかりしてますから、大丈夫ですよ」

 「あなた方もついててくれますものね。風のこと、よろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げる空に、光が慌てたように言う。

 「そんなっ。私のほうこそいつも風ちゃんに助けてもらってますからっ」

 「ありがとうございます。ミニDVのほうも綺麗に見られそうですわ」

 再生が終わったのを確認して、空がにっこりと笑う。光達が東京からセフィーロに持ち込むときは支障が出たことは

まずないのに、どういうわけかセフィーロから東京に持ち出すときには、何回かに一回はデータが飛んでしまってたり、

ひどいときには東京タワーに着く前に物を失ったりすることがあったので、風がこれ以上「試しに飛んでみる」わけに

いかないのも道理だった。

 

 鳳凰寺家を辞したあと、光は電車を乗り継いで獅堂の家に向かった。最寄り駅から歩きながら自分もいつか風の

ように、『東京に飛べなくて』自分の体調の変化に気づくことになるのだろうかとぼんやり考えていて、通りの様子が

いつもと違うことがすぐには判らなかった。

 もうすぐ『獅堂流剣道場』の看板が掛けてある出入り口が見えるという場所まで来て、いつもなら道場から聞こえて

くるはずの掛け声がしないことに、光はようやく気づいた。

 「あれ…?いま休憩時間じゃないよね」

 なにごとにもきちんとしている覚は、子供達の稽古中の休憩もいつも時間通りで、腕時計で確かめてもその時間帯

ではなかった。不審に思いつつ出入り口まで来ると一枚の張り紙が目に留まった。

 「誠に勝手ながら六月二十二日より十日間程お休みさせていただきます 獅堂流剣道場」と記されている。お盆

どころかお正月も二日から(希望者がいれば元旦から)でも稽古をやっているようなうちに、いったい何が起こったと

いうのか。いまさらながらに、たとえ家族に何かがあっても、自分は電話もメールも届かない異世界にいるのだと

いうことを光は思い知らされた。鍵のかかっていない木戸を開けて、光は家へと駆け込む。

 「ただいま帰りました!母様!」

 バタバタと廊下を駆けて台所を覗くが、そこに母の姿はない。今日帰ることは伝えていたので、父はともかく母は

帰っているものと思っていた。台所と続きの居間にも人の気配はない。次はどこを探そうと数瞬迷って、道場を覗きに

行こうと廊下を駆け出したところで、水を湛えた洗面器を手にした母に出くわした。

 「あら、光さん。お帰りなさい」

 「母様!母様、何があったの!?」

 「何がって?」

 「道場を十日もお休みにしてるなんて、覚兄様に何かあったんじゃ…」

 ひどく狼狽している末娘と対照的に、母はおっとりと微苦笑を浮かべた。

 「あぁ、あれを見たのね。インフルエンザで寝込んでらっしゃるのよ、覚さん」

 「あの兄様が!?それもこんな時期にインフルエンザ?もう夏だよ!?」

 光の記憶の限りでは、覚が病気をしたことなど一度もなかったし、冬でもないのにインフルエンザ?

 「最近、新型っていうのが流行ってるのよ。光さんも気をつけなさいね」

 台所の流しで洗面器の水を入れ替えると、母はまたそれを持って台所をあとにする。

 「覚兄様、そんなに熱が高いの?」

 「いえ、優さんの分よ」

 「ええっ!?優兄様まで?!」

 「翔さんも仲良く寝込んでいるのよ。困った方達でしょう?」

 頑丈を絵に描いたような三人の兄達が揃って寝込んでいる?光は悪い夢でも見ているような気分だった。

 

 光は音を立てないように優と翔の部屋の襖を開けた。人の気配に気づいた翔が、目を閉ざしたままだるそうに呻いた。

  「母さん、ポカリ飲みたい…」

  光は額に載せてあるタオルを冷たい水に浸して絞り直すと、また翔の額に戻した。

  「翔兄様、大丈夫?ポカリ、いま持ってくるからね」

  同じ部屋で眠る優を起こさないよう、小さな声でそう言った光の配慮ぶち壊しの大きなガラガラ声とともに、翔が

飛び起きる。

  「光っ!?あぁ高熱のあまり、異国に攫われた可愛い妹の幻まで見える」

  意味不明な叫びに慌てた光は、翔の口許に人差し指を立てた。

 「翔兄様、静かに!優兄様が起きちゃう」

  自分の口許に触れる小さな手を掴んで、翔はそれが実体だと判ったらしい。高い熱のせいでどこか壊れているのか、

光の手を握りしめたまま涙さえ浮かべている。

  「よくぞ無事で…。自力で大魔王の手から逃れられたんだね。助けに行けなくてごめんよ、光ぅ」

  「翔兄様しっかりして。私、攫われたりしてないし、だいたい大魔王って何?RPG(ロープレ)の夢でも見てた?」

  「黒い髪、黒い甲冑、黒いマント、これで剣に稲光走らせて感電もしないヤツなんか、どこから見ても悪の大魔王

以外ないじゃないか!?あの目つきはただ者じゃなかったぞ!」

 「――はいはい。ポカリ持ってくるから、寝言言ってないで大人しく寝ててね!」

 ものすごく気分を害した様子で出ていった光を、目を覚ましていた優もこっそり薄目で見送る。

 「翔、迂闊すぎ…。いくら俺達が反対でも、結婚相手を悪の大魔王呼ばわりされちゃ、光も怒るって…。いまは口が

裂けてもそんなこと言わないから、俺だけでも看病して…」

 微妙に薄情な優の願いが光に届くかどうかは、誰にも判らなかった。

 

 

  「黒髪で、黒い甲冑で、黒いマントで、それで魔法剣に稲妻招来してっ…。凄くカッコいいじゃないか。これのどこが

悪の大魔王なんだ」――翔の言った戯言がなんだかどこかで見たような描写だと思ったら、ランティスの姿がばっちり

と当て嵌まったのだ。光が柱制度をなくした新生セフィーロでは、導師クレフに言われて白い服を身につけるように

なったランティスだが、剣術指南の時、たまに威嚇用(としてラファーガに要請されて、承諾するほうもするほうだが・笑)

昔、見慣れていた黒一色のいでたちになる。その姿を風に借りたミニDVビデオカメラでこっそり撮影して、持ってきた

ことがあった。ランティスが東京に来られない分、映像でだけでも紹介しようと思ったのだが、撮るというとランティスが

異様に緊張したり、うまく撮れたと思ったら東京に飛ぶときに消えたりして、なかなか思う映像を届けられなかったのだ。

そういえばまだ自分では状態を確認していなかったので、あとでチェックしてみようと光は思った。

 台所へ戻ると、冷蔵庫からポカリのペットボトルを取り出して、大き目のグラスに注ぐ。もしかしたら優も欲しがるかもと

思い、もうひとつグラスを用意して優達の部屋へと引き返した。

 「翔兄様起きてる?ポカリ持って来たよ」

 「光ぅ、俺の分は?」

 「よかった。優兄様もいるかなと思って、ちゃんとグラス用意してあるよ。起きられる?」

 光がグラスに注いだポカリを、優は一気にごくごくと飲み干した。

 「…はぁ、美味い。光、俺達の看病しに帰ってくれたの?」

 「そういうわけじゃないよ。さっき母様に聞くまで知らなかったんだもの。今日は挨拶しに来るって言ってたでしょう?

お嫁入り前の挨拶」

 「ホントに嫁に行っちゃうのか、光」

 「だから悪の大魔王はダメだよ。光はきっと騙されてるんだ…」

 しつこくランティスを悪の大魔王呼ばわりする翔を、ふるふると拳を握り締めた光がじいっと睨んだ。

 「翔・兄・様。それ以上言ったら、私、本っ当に怒るよ?」 

 「…判ったから、俺にもポカリちょうだい」

 光はムスっと押し黙ったまま、翔にポカリのグラスをさしだした。 

 

 台所に戻ると、三人の看病疲れのせいか母の顔色が優れないなと思った光は、しばらく迷ってから仕事中のはずの

海の携帯電話を呼び出した。

 「――海ちゃん?仕事中にごめんね。実はお願いしたいことがあって…」

 

 

 母と並んで夕飯の支度をしながら、光はふとランティスのことを考えていた。

 「ちゃんと晩御飯食べたかなぁ…」

 「そんなに気になさるぐらいなら、お帰りになればよろしかったのに」

 口に出していたつもりのなかった光は、「えっ?」という顔で母を見た。

 「だって母様一人で三人も看るのは大変だもの。いつもより少し顔色悪いよ?今晩は私が看てるから、母様は

ちゃんと休んで」

 「光さんもあちらでの挙式の準備で忙しいんでしょう?日帰りの予定だっておっしゃってたじゃないの」 

 「いーの!『ニ、三日獅堂の家に泊まる』って、もう海ちゃんに伝言頼んだから」

 「まぁ…。でも大魔王様に叱られないかしら」

 「か、母様までひどいっっ!」

 泣き出しそうな顔の光に、母はくすくすと笑う。

 「ごめんなさいね。翔さんがビデオを見てはそうおっしゃるものだから、つい…。とても気迫のこもったお顔をなさってた

から、迫力はありましたわよ、確かに」

 「私もあとで見てみる。どんな映り方してたんだろう…?痛っ!」

 「あらあら光さんたら。本当にこんな状態でお嫁に出してもよかったのかしら…」

 他のことに気を取られてすっかり注意のお留守になった手元が狂って、器用なことに包丁を持っていた右手を少し

切ってしまったという、家事前途多難な光だった。

 

 夕食後、光は居間のTVラックでお目当てのミニDVのテープを探し出した。母もゆっくりとお茶を飲みながら光の

隣で見るつもりのようだった。

 

 

 ――セフィーロ城外の草原・とある剣術指南の日。

 いずれもかつての柱・エメロード姫付きの親衛隊長だったランティスとラファーガ。ともに親衛隊でみっちり仕込まれた

生え抜きと言っていい。(もっともランティスは親衛隊の訓練に参加する以前に、クレフの兄弟子でもある魔法剣士

から剣の基礎を叩き込まれたのだと光は聞いていた) 平和な世の中とはいえ、魔物が徘徊することも皆無とは言えず、

魔物退治のかたわら希望者に剣術指南をするのがラファーガやランティスの日常だった。白い服を着ている時よりも、

昔の黒一色のランティスのほうが威圧感があって、剣術修行者達にいいプレッシャーが掛かるからと、時折ラファーガに

求められてその格好で稽古をつけていた。模範試合を見せるのもそんな剣術指南の一環。(模範試合とは言え彼らが

使うのは常に真剣だ)。普段、魔法を使えないラファーガに対しランティスが魔法を使うことはないが、「魔法に対処

する腕を磨く為に」と請われてやむなく使うことがある。(それでも威力は相当抑え目にしている)五回に一回程は

確かに剣圧で魔法を弾き返せるが光が撮影していたときは、残りの五分の四だった。

  剣を手にしているときは真剣そのものなので、確かにいつもよりはかなり眼光が鋭かった。切り結んだときラファーガが

何かを言ったあとに、ぎりりと歯を食いしばって相手を睨みつけるランティスの顔が映った。相手がラファーガでなければ、

その視線だけでも射竦められていただろう。

 「ランティス、どうしてあんなに怒ったのかな…。ラファーガに何を言われたんだろう」

 

 雨が降り始めているが模範試合が中止されることはない。双方が距離を取る為に大きく飛びすさったあと、ランティス

は両手持ちの魔法剣を頭上高くかざし、「稲妻招来!」と唱えたのが唇の動きで光にも判った。何を言うかがあらかじめ

判っているから読み取れるが、ラファーガが何を言ったか見当もつかない(本当はつけたくないだけかもしれない…)

から、あの場面は読み取れない。

 ランティスが魔法剣の雷精を解き放つタイミングで、背後の遠くに立っていた木への落雷が写り込んでいて、鬼気

迫ると言っても過言ではない程の険しい表情と相まって、「悪の大魔王」呼ばわりされるのも致し方なかったのかも

しれない。稲妻の威力もいつもの訓練以上だったようで、剣圧で弾き返せなかったラファーガはかなり派手に飛ばされた。

 「音声がダメになってたんだ…。でも確かに迫力あったね。翔兄様が怖がるのも仕方ないのかな」

 「切り結んだとき、相手の方がおっしゃったことが原因のようね」

 全国剣道修行の夫とともに旅しているだけに、母は見るべきところをきっちりと見ていた。

 

 光はビデオラックを物色すると新しいミニDVのカセットを見つけた。

 「母様、これ使ってもいい?」

 「そのあたりの物は覚さんに聞いていただかないと…」

 「あとでお願いしてみる。ちょっとダビングしていこうかなと思って」

  いったいラファーガは何を言ってあんなにランティスを怒らせたのだろう。なんとなく光はランティスに尋ねても答えて

もらえない予感がした。新婚旅行でオートザムに行くし、機会があればイーグルに解析を頼めるかもしれない。

ランティスの親友に内緒で頼みごともどうかと思わなくはないが、何故だか自分が知っておかなければいけないことの

ような気がしてならなかった。

 

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当サイト限定事項

原作が’93年アニメが’94年に中二という設定だったと思います

ウチの光ちゃんは大学卒業した年に、ランティスと結婚します

(風ちゃんはそれより早くフェリオ王子と結婚しちゃいました)

最初はDVDカムなんてしてましたが、光ちゃんたちが22歳の頃にはなかったかな〜と

ミニDVカムに変更してみました

とかやっといて、新型インフルエンザなんか思いっきり2009年です・・・

覚さんがああいう感じなので、母様のしゃべり方もこんな風にしてみましたが

なにしろ書いてる人間がガラ悪いんで、ちゃんとしゃべれてるかどうか(謎)

ちなみに、寝込んでいるようなときは、

普通のポカリよりイオンウ●ーターのほうがオススメです

元気なときに飲むと「なんじゃこの水臭いの!?」と思いますが

弱ってるときには、その薄味がありがたかったです(×_×;)

ランティスが魔法剣士になるきっかけを作ったクレフの兄弟子にあたる人は

オリジナルキャラで後に出てきます

ランティスはセフィーロ唯一の魔法剣士のはずなんですけどね。。。

 

 

                                                                

 

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