おさえた首元
光がパウダールームの鏡の前で唸っていた。
「うーん…思いっきり痕になってる…もろ見えだぁ…」
その唸り声に少し離れたところにいた見知らぬ女性二人がちらちら光の首元を
気にする程度には目立っていた。着替える時にはまだ髪をおろしていたしそう
痒みも感じなかったのでうっかりしていたが、昨夜蚊に刺されたところを無意識に
掻いていたのだろう、首元が赤くなっていた。
こんな時に限ってボートネックのトップスだ。
「久しぶりなのにかっこ悪いなぁ…」
レポートとバイトに追われていたので、セフィーロを訪れるのも三週間ぶりになる。
せっかくのおニューのカットソーが台無しだが、着替えに帰るだけの時間もない。
「髪おろしてたらまだ目立たないかな…ああもう、これでよしっと!」
足早に出て行く光を見送ると二人がささやき交わす。
「見た?」
「…可愛い顔して大胆よね、最近の娘は…」
ほんの微かな羨望混じりの呆れたため息を漏らされていることなど、もちろん光は
知らなかった。
強いひかりに包まれ光は東京タワーの展望台から姿を消した。
「んー! お嬢様、久しぶりやないのー! あんまりお見限りやさかいに、輪ぁ
かけた仏頂面になっとるで、ランティス」
「ぶはっ! 苦しいよ、カルディナ!」
熱烈なハグからのがれ、新鮮な空気を求めた光がぶんぶん頭をふった。
「い゛…」
そのカルディナの視線に気づいた光が首元をおさえた。
「う、目立っちゃう? これ」
「そ、そらまぁ、そないなとこやし、あ、アレやしな…」
カルディナの頬がピクピクと引き攣っていたが、光はそんなことに気づかない。
「やだなぁ、もう…。あんまり時間がないからランティスのとこ行くね、じゃあ」
「ええっ!? そのまんま行くんかいな! せめてコンシーラで誤魔化してやな…」
疾風の如くに広間を駆け出した光を追うが、廊下には既に姿がない。
「どんだけ脚速いんや、魔法騎士のお嬢様は。あー、もう!! 仏頂面が大魔神に
なっても、ピーカン天気が大嵐になっても、ウチは知らんよってにな〜!!」
誰も居ない廊下で地団駄を踏みながらカルディナは怒鳴っていた。