0 The Fool (愚者)  

                                  XII 吊るされた男 spin off 

             〜俺の女に手を出すな〜 

     

 

「え?ランティス、いないの…?」

教育実習を終えた次の週末にセフィーロを訪れた光たちを出迎えたプレセアの言葉に、

光ががっくりと肩を落とした。

「四日前からラファーガと二人で剣術修行中の子たちを連れて魔物退治に出てるわ。

ランティスは『まだ実戦は早い』って反対してたんだけど…。実際ちょっと早すぎたようで、

やっぱり足手まといになったみたい。でも夕方ぐらいには戻れそうだって、さっき導師に

連絡があったそうよ。その代わりって訳じゃないけど、イーグルが導師のところに来てるわ」

「あ、検診なんだね。じゃあ、顔見に行って来ようかな…」

「慌てなくてもイーグルなら三日ほど滞在するのよ。ランティスがいない間に、ヒカルには

城下町に付き合って欲しいんだけど、ダメかしら?」

「城下町?それはいいけど、どうして?」

「そのイヤリングをしているところ、ウィンディにも見せてあげたいし」

「あ、そっか。ランティスのデザイン、手直ししてくれたんだもんね」

「じゃ決まりね。話は先に通してあるから、アスコットに魔獣を借りに行きましょ」

プレセアに腕を引っ張られた光が二人を振り返ると、海が笑った。

「私たちはお城で留守番してるわね。行ってらっしゃーい」

「お気をつけて」

見送る二人がにっこりと満面の笑みを浮かべた理由を、そのときの光は知る由もなかった。

 

 

風はフェリオを誘い、海はプレセアと光が出かけたのを見計らってアスコットを誘い、

城内で一番大きなオートザム製ミニDVプロジェクターのある導師クレフの部屋へと向かった。

 

 

 

 

「おおむね良好なようだ。しかしあまり無理はせんようにな」

診察を終えた導師クレフの言葉に、イーグルが苦笑する。

「それはもう、多方面からクギを刺されてますから」

「おめぇはちょっとクギ刺しといていいぐらいだからな」

「そうだよ、目を離すとすぐ無茶してるし」

二人の部下に言いたい放題に言われて、イーグルは返す言葉もない。気配に敏いクレフが

部屋を訪ねてこようとしている者たちを感じ取り、杖を掲げてドアを開けた。

「相変わらずの自動ドアねぇ。こんにちは」

「ごきげんよう。イーグルさん、お加減はいかがですか?」

城の人々に先立つ海と風の姿を認めたものの、当然一緒にいると思っていたもう一人が

いないことに、イーグルが怪訝な表情を浮かべた。

「あれ?ヒカルは一緒じゃないんですか?」

「光はプレセアと城下町にお出かけよ」

「ちぇっ。今日は逢えると思ったのになぁ」

あからさまに落胆したザズに、海がミニDVのテープを振ってみせた。

「そのかわり、とっておきのモノ持ってきたわよ。で、ここで上映会したいんだけど、

構わないかしら、クレフ」

にっこり笑う海に、クレフが苦笑いを浮かべた。

「そのつもりで皆を引き連れてきたのだろう?今度はいったい何の映画だ?SFか

恋愛モノか?」

「実録ノンフィクション!!光が教育実習に行ってる幼稚園の学芸会、撮ってきました!

もちろん、光もバッチリよ」

「え、マジ!?ヒカルも映ってるの?見たい、絶対見たいっっ!」

クレフが魔法で出した椅子にめいめいが腰掛け、海はプロジェクターにミニDVをセットし

再生ボタンを押した。

「まず、光が担当してる『すみれ組の展示作品』から映すから、よく見ててね」

映し出される幼稚園の全景に、イーグルが呟く。

「オートザムで言うキンダーガーデンに近いもののようですね」

「なんやかわいらしい建物やなぁ。プリティでミニチュアなヒカルにピッタシやん」

「カルディナってば…。なにも光の為にちっちゃいわけじゃないのよ、幼稚園って」

「光さんのすみれ組は冒険ファンタジーの劇をやったんですけど、それを題材にした絵が

たくさん描かれてるんです。その絵をよぉくご覧になってくださいね」

風の説明を聞きながら、画面に見入っていたアスコットがぽつりと言った。

「セフィーロの服に似てるかな。そうか、ウミたちから見ればファンタジーなのか…。

知らなかった」

「可愛い姫がいっぱいだな。……それにどっかでみたような黒ずくめも。ぷっ」

思わず吹き出したフェリオに、海が追い討ちをかける。

「ちなみにその黒ずくめのキャラは、『悪の大魔王』なのよ」

「あははははははは。に、似合いすぎる…っ!あいつがトウキョウに行ければはまり役

だったのに…」

笑い上戸のイーグルに、風と海が顔を見合わせた。

「あれぐらいでそんなに笑ってもらっちゃ困るわ。次の絵を見てよ」

次に画面上にアップになった絵の右下には、すみれ組・光景鷲と書き込まれていた。

「なんやまるっきりランティス描いてるみたいな絵やなぁ」

「黒髪に金のサークレット、黒ずくめ、黒マント、頭上に掲げた両手持ちの剣に稲妻…

どこからどう見ても、ランティス以外に見えないじゃないですか!」

笑いすぎて目元に浮かんだ涙を拭いつつ、イーグルはまだ爆笑が収まらない。

「ちなみにその絵に書き添えてある言葉、『稲妻招来』に『サンダス』ってルビがふって

あるんです」

「確か、ランティスのあの技、セフィーロ語だと『サンダス』なんだが、日本語だと

『稲妻招来』って聞こえてるんだよな?」

フェリオの言葉に風が頷いた。

「ええ。私たち、セフィーロにいる間はずっと音声多重状態ですから」

「それは我々も同じことだ。お前たちが話す日本語とセフィーロの言葉が重なって聞こえて

いるからな。文字はともかく話し言葉すら通じないようでは、招喚されたお前たちが困るから

という、モコナ≪創造主≫の計らいだろう」

「で、その絵を描いた子が、劇では『悪の大魔王』役をするから、そっちもよく見ててね」

画面が切り替わり、体育館ですみれ組の劇の幕が上がるところからが映し出された。

「『碧の疾風』の魔法使ったやつ、やられてるぞ、フウ…」

「お嬢さま、自分で『炎の矢!』ってやっとるんかいな」

フェリオやカルディナの呟きに、他の者もくすくすと笑っている。

「さぁ、いよいよ悪の大魔王のお出ましよ」

映し出されたシュウ扮する悪の大魔王の姿に、ザズが指をさして笑いころげた。

「あの子って、あの子って、写真で見せて貰った子供の頃のイーグルにそっくりじゃん!

凄いや、魔法剣なんか持ってるよ!!」

「おーおー、確かにイーグルに似てるよなぁ」

ザズとジェオの言葉に、海と風が「あ、やっぱり…」と顔を見合わせる。

「なんだか子供時代の僕がランティスの真似をしてるようで、ものすごく違和感があるん

ですが…」

「イーグル……。お前、柱の戦いでトウキョウに連れてかれた時に、向こうで隠し子作って

きたなんて話はねぇだろな。計算合いそうな歳じゃねぇか?あのチビ」

ジェオのとんでも発言に、クレフの淹れたお茶を口にしていたイーグルが盛大にむせ返った。

「!?ゲホッ、なっ、ゲホッゲホッ、な、なに言い出すんですか、ゲホゲホッ!僕は真剣に…

ゲホッ、オートザムの未来を賭けてヒカルと、ゲホッ、戦っていたんですよ?!」

「ああ、悪ぃ、悪ぃ」

ジェオはガリガリと二、三度頭を掻くと、咳き込んでいるイーグルの背中をさすった。

『ヒカル姫はお前たちに渡さない…っ!』というシュウのセリフに、クレフが首を捻る。

「ヒカル姫?姫の見た目はヒカルに似ているが、ヒカルは手下ではなかったのか…?」

「本当は『みかる姫』だったんですけれど、大魔王役のシュウくん曰く『悪の大魔王が

欲しかったのは、ヒカル姫だけだから』って、セリフを勝手に変えてしまわれたんです」

そうこうするうちに、今度は『いなずま、しょーーうらいっっ!』のシーンになり、フェリオと

アスコットも涙を浮かべて笑っていた。

「なんでこいつ、こんなにランティスそのまんまなんだ!?ヒカルが脚本書いたのか?」

「それが、光さんの出された案は、『碧の疾風』と『炎の矢』だけらしいんです」

「だけど、『殻円防除』まで言ってるんだよ、あの子。ヒカルが教えなきゃ、ここまで

ランティスの真似出来ないんじゃないかなぁ?」

アスコットが首をかしげたとき、画面の中では悪の大魔王が勇者たちに倒されていた。

「あ、ちびイーグルやられた…」

「ザズ…あれ、僕じゃありませんから。やられたのはランティス…、じゃなくて『悪の大魔王』

ですから。ああもう、ややっこしい…」

再生の終わったミニDVのカセットを海が取り出すのを見ていた風がクレフに向き直った。

「映像があるのはここまでなんですけれど、クレフさんにお尋ねしたいことがありますの」

「なんだ?」

「実は……」

風が要領よくかいつまんで、シュウを中心とした悪ガキたちのいたずらと、最近その

いたずらの常習犯たちの身に起きていることを話して聞かせた。

「ヒカルの指輪に魔法をかけているなら、それも可能だろう。…ヒカルも気づいてるのか?」

クレフのこめかみに冷や汗が一筋滴った。

「あのセリフの数々の上に、あの絵を見れば当然よ」

「ランティスが戻ってきたら、大荒れになりそうだな」

肩を竦めた海の言葉に、フェリオが唸った。

「僕は…、城内の部屋に泊めていただくより、NSXに退避したほうがよさそうですね、

今夜は」

君子危うきに近寄らず――絶好のネタでランティスをからかって遊びたい気持ちより、

要らぬ八つ当たりを受ける危険性を避けろと警鐘を鳴らす生存本能のほうが勝っていた。

「セフィーロ史上最大の痴話げんかになりそうやなぁ。うっふっふ」

ワクワクしているようなカルディナに、アスコットが呆れ返っていた。

「怖くないの?カルディナ。降りたとはいえセフィーロ最後の柱と、元柱候補の一人の

争いなんて…」

「何を心配しとんの、アスコット。あの兄ちゃんがお嬢さま相手に本気出して戦う訳

ないやないの。ま、ヒカルのほうがどのぐらい怒ってるかは判らへんけど」

「やむをえん……。中層階から下は私が殻円防除を張ってやる。お前たちは不用意に

ランティスの部屋に近づくな」

「クレフ……。でも、それじゃ光は?」

「いずれにせよヒカルとランティスが話をつけねば、ことは収まらんだろう。それにヒカルは、

私の結界もランティスの結界も、本人がその気になれば自在に通り抜けられる。

止めようがない」

その場に集っていた人々は、城内暴風警報の発令に備えそれぞれ準備の為に散っていった。

 

 

 

 

プレセアと共に城下町を訪れていた光は、店を早仕舞いしたウィンディに最近流行の

ミュージアムカフェへと案内されていた。※1

「あれ、この建物…」

外観を見たときから何とはなしに見覚えがある気がしていたが、中に飾られた絵を見て

それは確信に変わった。

「お店になってたんだね、ここ」

入り口の正面奥に飾られたランティスの絵の前の席は予約席か何かなのだろう、

テーブルの上に小さな札が立てられていた。ウィンディが店の者に声をかけると、

三人はその席に案内された。

「これが王子たちの言ってたランティスの絵なのね…。やっぱり若いわ。まだ少年っぽさが

少し残ってる感じ」

「いまでも若いと思うんだけど…。というか、結構子供っぽいことするし」

ぶつぶつとそう言った光に、プレセアがくすりと笑う。

「はいはい、お熱いことで♪こんなところで惚気るのはやめてね、ヒカル」

「のっ、惚気てなんて…っっ!」

光が真っ赤になったところに、店の主が顔を出した。

「お久しぶりですね、お嬢さん」

「あ、ご無沙汰してます。カフェにされてたんですね」

「ええ、お嬢さんの言葉があったからですよ」

光が目をぱちくりさせて問い返す。

「え?私の??」

「『セフィーロの人の手の届くところに』絵を飾ろうと思いましてね。まぁ、根が商売人なんで、

こういう形になりました。またランティスさまとごゆっくりお越しください」

「はい……」

カウンターの中に戻る店主ににこやかに笑ってそう返事をしたものの、これほどの賑わいを

みせている店にランティスを引っ張ってこられるとは、光には到底思えなかった。

 

 

 

 

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※1 「ハネウマライダー」参照

 

 

                                                                                     このお話の壁紙はさまよりお借りしています