0 The Fool (愚者)  

                                  XII 吊るされた男 spin off 

             〜俺の女に手を出すな〜 

     

 

初めての教育実習の締めくくりとなる学芸会の日。その日は海や風も光に招かれて

やってきていた。本来部外者は入れないが、勇者乱立の劇のために海や風が子供の頃に

使っていたフェンシングや弓道の道具を借りたりしたこともあって、園長の特別許可が

出たのだった。

小道具の状態を確認する為に父兄より早めに来園した海たちは、空いた時間に展示を

見せて貰っていた。

「光が担当しているのは、すみれ組だっけ?」

「ええ。あ、あのあたりですね」

「やっぱり劇絡みの絵が多いわねぇ。お姫様がいっばいよ。うふふっ、かわいい」

「『勇者とお姫様ばっかりで台本に困ってる』って仰ってましたものね」

「その割には、この絵って、なんか勇者じゃないような」

「黒ずくめのキャラクターは『あくのだいまおう』って、書いてありますわ」

「ホントだ。やりたくないのに描くのね。うーん、子供の考えることは判んないわ」

「お姫様や勇者はまちまちですのに、悪の大魔王だけは…同じなんですね」

悪の大魔王の絵を見ながら、海がくすくす笑いだした。

「この絵見てると誰かさんを思い出してしょうがないんだけど…」

「まぁ、海さん。光さんに叱られますわよ」

「私は別にこの悪の大魔王がランティスだなんて言ってないわよ?たとえ背景に

稲妻ビシバシ飛んでても…」

「これなんてそのまま『稲妻招来』ですわ。剣に稲妻が来てますもの」

「『すみれ組・光景鷲』…?あぁ、この子じゃない?光にやたら≪懐いてる≫シュウくんって。

ふぅん…この字で『みかげ・しゅう』って読むのね。私、自分の名前を漢字で書けたのって、

小学校に上がってからじゃなかったかしら…」

「その技、『いなずましょうらい』って言うの…?どんな字?」

登園したばかりなのだろう、シックな焦げ茶色の制服に目立つ黄色い通園帽と通園

バッグをななめ掛けにした、薄茶色の髪に金色っぽい瞳の男の子が二人に言った。

「おはよう、あなたがこれを描いたシュウくん?」

「うん。あ、でも知らない人と口きいちゃいけないんだった…」

「しっかりしてるわね。私たち、すみれ組で教育実習やってる獅堂光先生の友達なのよ。

私は龍咲海」

「私は鳳凰寺風と申します。劇の小道具をお貸ししたご縁で見学許可をいただいてるん

ですよ。『稲妻招来』はこう書きます」

風は手帳の空きページにさらさらと書くと、切り取ってシュウに渡してやった。

「わぁ、ありがと!電気ナマズの友達なんだ?!お姉ちゃんたちのほうがずーっと美人で

ナイスバディだね」

聞きしに勝るませた発言に海が苦笑する。

「お子ちゃまにナイスバディって言われてもねぇ…」

「電気ナマズって、光さんのことなんでしょうか?」

「だって最近、『胸むにゅ♪』ってしたら、ビシバシ雷落ちるんだもん!」

手で鷲づかみアクションをしながらぶつぶつ文句を言うシュウの後ろから、海たちを探しに

来た光が声をかけた。

「そういうコトしているから、大魔王さまの裁きの雷が落ちるんだよ、シュウくん。園児の

集合場所は体育館でしょ?」

「おはようございますっ!」

「おはよう。挨拶だけはいいね」

「絵をちょこっと直したら、すぐ体育館に行くから」

光は壁から絵を外して机の上に置くと、シュウに念押しした。

「すみれ組は二番目だから急いでね。海ちゃん、風ちゃん、小道具のことでちょっと…」

「じゃ、またね。シュウくん」

「また、後ほど」

小さく手を振る海と会釈した風が光とともに去ると、シュウは通園バッグからクレヨンを

取り出して、自分の絵に手を加え始めた。

 

 

 

「なかなか整った顔してたわね、あの子。光、モテてるんだって?」

「でもどこかでお見受けしたような感じのお顔立ちでしたわね」

「風ちゃんもそう思う?私もそう感じるから、つい強く言えなくて…。顔はいいけど、

やんちゃだよ。『胸むにゅ♪』もあの子から始まったんだから」

「光、電気ナマズって呼ばれてるの?」

「ここんとこ『胸むにゅ♪』したら、静電気が飛んでるみたい。『雷落ちた!』って騒いで、

あまりやらなくなってきたから、先生や教生仲間と一息ついてるんだ」

「勇者がたくさんいるわりには、悪の大魔王の絵が多かったですね」

「でしょ?それも判で押したみたいに、黒髪黒ずくめなんだよ。劇ではシュウくんが

やるんだから、あの子に似てる絵がもっと多くてもよさそうなもんなのに…」

「原作のキャラじゃないの?」

「私も原作見たんだけど違うよ。そういえば黒ずくめの大魔王を描いてる子って、みんな

『胸むにゅ♪』の常習犯かも…。あ、おはよう!体育館のほうに行ってね〜!!」

深く考えるふうでもなくそういった光の言葉に、海と風は思わず顔を見合わせた。

「もしかして…」

「…もしかするかもしれませんわね」

登園してきた園児に声をかけていた光は、二人の呟きには気づいていなかった。

 

 

 

すみれ組の衣装の着替えを手伝ったあと、海と風は観客席へと移動していた。一組目の

合唱が終わり、準備待ちの間に囁きあう。

「さぁ、いよいよね〜」

「光さんたち教生も出られるんですものね」

「なり手がいなかった悪の大魔王の手下ですって。ムービーの準備よしっと。向こうでなら

魔法で派手にやれたのに、惜しいわ」

「こういうことに使ってもよろしいんでしょうか?」

「あら、ダメなのかしら…」

「あ、始まりますわ」

先生によるタイトルコールとともに、劇の幕は上がった。

囚われのお姫様が七人に対し、救出に向かう勇者は十二人もいたので、とてもじゃないが

一人一人やってはいられない。姫と勇者をそれぞれ三組に分け、パーティーアタック形式に

仕立てられていた。一組目のパーティーがやられ役の教生を倒して、無事三人のお姫様を

救出した。

「やられ役の魔法、『碧の疾風』ですって」

「光さんたら、あんまりですわ…」

傷ついた顔の風に海が苦笑する。

「あ、光よ」

「悪の大魔王さまに盾突く者は、私が許さない。『炎の矢ーっ!』」

決めポーズは当の本人だけにバッチリなのだが、実態は衣装の袖口に仕込んだ乾電池式

ミニ扇風機で、ポンポンを作るのに使う赤いスズランテープを細く裂いたものをたなびかせて

いるに過ぎない。碧の疾風も同じ要領で緑色の紙吹雪を撒き散らしていたのだ。

「自分でやってりゃ世話ないわね。『水の龍』はやってくれないのかしら…」

「舞台も客席も水浸しになりますわ。テープではあの迫力は難しいですし」

光も倒され二組目の三人の姫が小さな勇者たちに助け出された。

「さぁ、いよいよ悪の大魔王さま登場よ」

舞台では赤いウイッグをみつあみにした姫が囚われていた。

「お姫様って、『ブロンドの縦ロール』だとばかり思ってたんだけど…」

「あれでしたら、光さんはそのままやれそうですね」

「教生がそんなおいしい役はダメでしょ」

姫を助けようとした勇者たちの前に、刀身が青白く輝くおもちゃのビームサーベルを手にした

シュウ扮する悪の大魔王が登場した。黒のタートルネックのアンダーウェアに黒い鎧、

黒いマント、ご丁寧に金色のサークレットもどきまで嵌めていた。

「リアルに魔法剣に見えるわね、あれ。これで黒髪なら間違いなくプチ誰かさんよね…」

海がクククと笑いを噛み殺していた。

「ヒカル姫はお前たちに渡さない…っ!」

堂々と言い放ったシュウだが、海は小首を傾げた。

「あらら、間違っちゃったわね」

「『みかる』姫、のはずでしたものね」

剣を振り上げ向かって来た勇者たちに、悪の大魔王は両手持ちした剣を頭上に掲げて

迎え撃った。

「いなずま、しょーーうらいっっ!」

剣先に仕込まれた手品用の『蜘蛛の糸』製の稲光が勇者たちに襲いかかる。舞台の袖で

光が目を丸くしているのが、風の位置からでも見てとれた。

「…セリフ、変わってるんじゃありませんか?」

「朝ちらっと台本見た時は、『サンダー』だったような。うっくっくっく…」

海は笑い声がムービーに拾われないよう堪えるのに必死だった

数を頼んで攻め込む勇者たちを、悪の大魔王は『地獄の鉄壁』で持ちこたえるはずだった。

「かくえんぼうじょっ!」

シュウの叫びに観客以外が「えっ?!」となった。舞台の子供たちは「シュウくん、また

違うこと言ってる〜」と戸惑い、三人娘は全く別の意味で固まっていた。

「…あれは、お教えしませんでしたわね」

「光が教えたのかしら…?」

「それならはじめからそのセリフにしそうなものですが。魔法はそのままなんですし」

「うーん…」

みたび攻撃を仕掛けて来た勇者に悪の大魔王が倒された。最後の姫も無事救出され、

すみれ組の劇は幕を下ろした。

ムービーをさっさと片付け、海が笑った。

「なかなか面白かったわね。私たちには冒険ファンタジーとは思えなかったけど。ぷぷっ」

「部分的に若干の謎がございましたものね」

「小道具引き取らなきゃいけないし、楽屋に行きましょ」

海と風は幕あいを縫って舞台裏へと向かった。

 

 

 

 

控室は着替えの子供たちでごった返していた。海や風は外された小道具をテキパキと

回収しながらシュウに声をかけた。

「悪の大魔王、お疲れさま!見事なやられっぷりだったわよ」

「わざと負けたんだよ!ホントは勝てるんだけど、それじゃお話終わんないんだもん」

「負けず嫌いでいらっしゃいますのね」

風が苦笑しているところに光がやってきた。

「シュウくんったら、勝手にセリフ変えちゃダメじゃない。みんな戸惑ってたでしょ?」

「ちゃんと『何言っても、お芝居続けてね』って頼んでおいたよ」

「姫の名前まで間違えて…。みかるちゃん、がっかりしてたじゃない」

「知らないの?悪の大魔王はヒカル姫が欲しかったんだよ。他の姫はついで」

「そんな裏設定があったの?光」

「さぁ…」

「だって、夢に出てきた黒ずくめの大魔王が言ってたもん。『ヒカルは俺のものだ』って」

「まったくもう、ませた夢見てるんだから…」

目を丸くしつつ他の園児のほうに光が行ったあとで、海がこっそり尋ねた。

「ねぇ、シュウくん。さっきの殻円防除って、光に教えて貰ったの?」

「ううん。夢の中で大魔王が使ってた。ダブって『クレスタ!』って聞こえてたけど、

『かくえんぼうじょ』のほうがカッコイイかなって思ったんだ!」

シュウの言葉に海たちは顔を見合わせた。

「じゃ、『稲妻招来』も何か聞こえた…?『サンダス』とかなんとか…」

海の問い掛けに一瞬シュウが驚いた表情を見せたが、指をさして文句を言った。

「超能力者かと思ってビックリしたじゃんか!僕の絵見たんだね?!お姉ちゃん」

シュウより先に展示室を出てきたのだからそれはない。ぷいっとふくれっ面で向こうに

行ったシュウを見送りながら、風がつぶやいた。

「これはやはり何か裏が有りそうな気がしませんか?」

「あ、風もそう思う…?これはちょっと追究したくなるわよね、うっふっふっふ…」

 

 

 

学芸会も無事に終わり、展示室の作品を片付けを手伝いにきた光がすみれ組の絵を

壁から外しはじめた。

「そういえばシュウくん、なにを手直ししてたんだろう…」

両面テープで壁に貼られていたシュウの絵に手を伸ばした光が、そのままの格好で

硬直した。

「シュウくんたちの言ってた『雷ビシバシ』って……!ホントにもう、なにやってるんだか…。

意外に子供っぽいんだから…」

ぶつぶつと言いながら、ふとシュウが言っていた言葉を思い出した。

『ヒカルは俺のものだ』

鏡なんか見なくても自分の顔が絶対に真っ赤になってるのが判るところに、ふいに声を

かけられて光が大慌てした。

「獅堂さんお疲れさま!初めての教育実習、どうだった?あら、顔が赤いわね…」

「だ、だ、だ、大丈夫ですっ!走り回ってたから暑くって…。やっぱりアルバイトのときと

別の意味で、緊張の連続で。でもその分すごく勉強になりました。ご指導ありがとう

ございました!」

指導教諭にぺこりと頭を下げた光に、そのすみれ組の担任は笑った。

「シュウくんには懐かれてたわねぇ。『ヒカル姫』って言ってたの、獅堂さんのことじゃないの?」

「あははは。懐かれてるんだか、からかわれてるんだか…」

「『胸むにゅ♪』もあまりやらなくなってきて、ひと安心ってところかしら。でも揃いも揃って

『雷、落ちた!』って、どうしたのかしらね」

心底不思議そうなすみれ組担任に、光は「さぁ…」と笑って誤魔化すより他にすべがなかった。

 

 

 

 

                                               NEXT

 

 

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