シュガータウンはサヨナラの街

 「おはようございまーす。うわぁ…、海ちゃん、そのワンピすっごく綺麗だ」

 開口一番そう言った光は実用本位のパンツルックにスノーシューの重装備だ。

 「おはよう、光。なによぅ、綺麗なのはワンピだけ? これでもいつもより15分も余計に

メイクの時間かけたのにー」

 そこのところをイジってくれない光に、拗ねた表情(かお)をした海が文句をつけてみせる。

 「そんなことないよ! 海ちゃんが綺麗なのは当たり前じゃないか!」

 ふるふると頭を振って慌てて言い訳をする光の後ろに控えていた覚も微笑んで一礼した。

 「大変なお天気になってしまいましたが…、本日はおめでとうございます」

 「こんなお天気に寄り道していただいてごめんなさいね」

 「ここまで降るとは正直思ってなくてねぇ。覚くんに申し出て貰えて助かったよ」

 「もうパパったら娘の晴れの日に大失態なんだからー」

 「ごめんごめん」

 軽い親子喧嘩の様相に、光がわたわたととりなしに入る。

 「海ちゃんたら! 東京タワーまでの足は確保出来たんだからいいじゃないか。都心に

住んでて冬タイヤとかチェーンなんて、普通用意してないよ」

 「都内でこれだけ積もるのは珍しいですからね。うちはたまたま信州のほうへも出稽古を

つけにいくから常に装備してるだけで…。お役に立ててよかった」

 「海ちゃん、マスカットくんと仲良くね」

 「だからママ、間違えてるってば…」

 「それじゃあ覚くん、申し訳ないが海のこと頼んだよ」

 この場で送り出す口ようなぶりに覚が訊ねた。

 「…東京タワーまでいらっしゃらないのですか?」

 「いや、五人も乗っては荷物が積みにくいだろう。ドレスだけでスーツケース一つ使ってる

ようだしね」

 「ワンボックスカーですから余裕はあります。そこに置いてある分以外に無ければ十分

乗れますよ」

 「スーツケースはあれだけです。って…、パパのもママのも一番大きいの借りちゃってます

けど」

 あれを向こうから持ち帰るのはなかなか苦労しそうだわと、海がぺろりと舌をだす。

 「だったら行きたいわ。海ちゃんの門出をお見送りしたいもの」

 「それなら君は支度しないとね」

 エプロン姿の愛妻にスーツ姿の海の父がにこやかに促す。

 「すぐに支度して来ますわね。……紙テープを投げるのは難しくても、クラッカーぐらい

用意すればよかったかしら…」

 部屋に戻りかけた母の呟きを海は聞き逃さなかった。

 「東京タワーの展望台でクラッカーなんてやめてー! 恥ずかし過ぎるったら。紙テープも

もちろん禁止だからね、ママ」

 風のスーツケースを運んだ時も悪目立ちしていたものだが、その時は友達の為だと割り

切れていたのに、いざ自分の分となると気恥ずかしいものがあるのだ。この上、クラッカー

なんぞ鳴らしたら、注目を浴びるどころか警備員がすっ飛んで来かねない。

 自分と光はセフィーロに飛んでしまうからいいとしても、そんな騒ぎに覚まで巻き込んでは

申し訳が立たないというものだ。

 「そんなに怒らないで海ちゃん。少し言ってみただけなんだから…」

 「ハイハイ。さっさと支度して来ないと置いてっちゃうわよ」

 頬に指先を添え瞳を潤ませている母を、海は容赦なく追い立てるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「ああもう、ちゃうちゃう! そこやあらへんて! アンタらのセンスはホンマにどない

なっとるんや!?」

 子供二人を産んでも変わらぬ細腰に拳をあてて、カルディナがダメ出しを飛ばしていた。

 『アンタら』とひとからげで呼ばれたラファーガとランティスが眉間に皺を寄せつつちらりと

視線を交錯させる。

 「…うちのがすまんな…」

 「……いや……」

 カルディナに聞こえないよう、大きななりの男二人がボソリと言葉をかわした。

 フェリオ王子と風の結婚式もランティスと光の結婚式も広間を聖堂に設(しつら)えるのは

センスのよい海が主に仕切っていた。

 今回はその海とアスコットの式なので本人が仕切る訳もない。もともと海たちは『相手が

王子さまでもなけりゃ、この国唯一の魔法剣士さまでもない、ごくごく普通の果樹園と街の

小さな店の主の結婚式なんだから地味婚でいいのよ、地味婚で』などと言っていた。

 だが、海がようやくゴールインすることを知ると、なかば口喧嘩友達の仲のタータが是非

祝いに来たいといい、『タータたちがセフィーロまで来るなら、あなたも婚約者の顔を見たい

でしょう?』とイーグルがジェオを丸め込み、NSXのセフィーロ宙域での訓練航海をさくさく

でっち上げていた。

 チゼータの姫君たちやオートザムの大統領令息が動くとなれば、ファーレンの皇女さまが

じっとしているはずもない。

 『正式なご招待があるならともかく、これ以上お勉強を疎かにして、お遊びになってばかり

ではいけません!』とチャンアンが頑として譲らないから、正式に招待してほしいとシノビに

密書を預けてアスカが風に泣きついて来たのだった。

 自分たちが心尽くしの式を挙げて貰った分、海のために何かしたいと思っていた風と光は

そのアスカの願いに応える形で結婚式を取り仕切ることを宣言したのだった。

 先に貰っておいたウェディングドレスの写真を元にして、それに合わせたヘッドドレスと

ブーケの準備をプレセアが担当し、会場の設営はカルディナが取り仕切っていた。

 まだまだ子供に手がかかる風と海の付き添いで不在の光の代わりにとランティスと

ラファーガが狩り出されているのだが、この手のことにとことん疎い朴念仁の二人は

カルディナの容赦ない叱声を浴びる羽目になっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ、また吹雪いてきてる…。展望台が営業中止になる前に入れて助かった…。

覚さん、ありがとうございました」

 窓の外を見遣った海がホッと吐息をもらしていた。

 「覚さんに送っていただかなかったら、結婚式に間に合わないところだったわねぇ。

いきなり夫婦喧嘩かしら。うふふふ」

 「冗談やめてよ、ママったら」

 喧嘩になればまだしも、ショックで失踪でもされたらコトだ。

 「君の部屋はいつでも使えるようにしておくよ、海」

 父親の言葉に、海が盛大なため息をついた。

 「…それって式を挙げる前の愛娘にかける言葉? 普通は『多少のことは我慢して、添い

遂げるんだよ』とか何とか言うもんじゃないの…?」

 噛みつくような娘の態度にも笑みを崩さずさらりとこたえた。

 「君が頑張り屋なことはよく知ってるからね。だけど頑張っても踏ん張れないと思った時は、

いつでも頼っておいでということだよ。たとえ嫁いでも、可愛い一人娘であることには変わり

ないんだから」

 「パパのおっしゃるとおりですよ。いつでも海ちゃんの力になりたいから、ママたちがいる

こと、忘れないでね?」

 「…忘れたり…するもんですか…」

 思わず瞳を潤ませた海の肩を、光が慌てて抱き寄せた。

 「う、海ちゃんってば。今、泣いちゃダメだ! 結婚式のメイク、キマらなくなっちゃうよ!」

 「わかってるわよ、光。じゃ、パパ、ママ、行って来ます!」

 「覚兄様、送ってくれてありがとう! 優兄様たちによろしくね!」

 大きなスーツケースをそれぞれ両手に掴んで顔を見合わせた光と海の姿が、まばゆい

ひかりに包まれ始めた。

 「マスカットくんによろしく……あらまぁ、本当に消えちゃったわ…」

 相変わらず娘婿の名前を間違えたままの海の母が目を丸くしている。

 「どういう仕掛けなんだろうねぇ」

 あまり動じているふうでもない海の父の言葉に覚も小さく微笑った。

 「仕掛けは…本人たちにもよく解ってないようです」

 覚自身が目にするのは二度目だが不思議な現象であることには変わりない。それでも

ここではない遠い場所で、妹たちが幸せに暮らしていることを信じるしかないのだ。

 軽やかなチャイムの音のあとに館内アナウンスが流れ、荒天に伴う展望台の営業時間

短縮が告げられていた。

 「もう少し遅かったら上がれないところでしたね…」

 「本当に。『ママの支度が手間取ってたせいでお嫁に行きそびれた』って、海ちゃんに

叱られるところでしたわ」

 「間に合ったんだからいいじゃないか」

 「それじゃあそろそろ引き上げましょうか」

 覚の言葉に、海の父が答えた。

 「いや。お言葉はありがたいが、帰りは二人でのんびり帰ることにするよ。今日はもう

時間に追われることもないしね」

 「雪のバレンタインデートも素敵ですものね。帰り道、運転気をつけて」

 いつだったか『万年新婚いちゃいちゃバカップル』と両親を評していた海の言葉が脳裡を

掠め、覚は微苦笑して会釈した。

 「それではお先に失礼します。そちらもお気をつけて…」

 エレベータに向かう人ごみに、覚の背中もまぎれていくのだった。

 

 

 

 

                                        2013.2.14 up

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                  このお話の壁紙は からお借りしました

 

タイトルの元ネタは、松任谷由実さんの「SUGAR TOWNはさよならの町」です。

あちらは一緒に暮らしていた二人が別れを決めて住んでいた部屋を出て行くという

シチュエーションですが、その歌詞で描かれる景色が好きだったので…。

それぞれの部屋を出て、新しい場所へ・・・という使い方をさせていただきました。

しっかしまぁ、ラン光はどうしたよ、ラン光は…。