Stay by my side   vol.5

 

 

 光を休ませる為に広間を出たはいいが、「お前の部屋でいいか」と聞く前に彼女が眠りに落ちていったので、

勝手に入っていいものかどうかランティスは決めかねていた。

 歩きながら五秒ほど考えたものの、断りなく開けるのは憚られるし、客人(他はともかくオートザムからの来訪者はランティスが

担当なので仕方なく・笑)の接待をしなくていいならデスクワークを片付けられるしと自分の部屋で寝かせることにした。

 イーグル辺りが知れば、『無断で女の子の部屋に入るのと、眠っている女の子を自分の部屋に連れ込むのと、

はたしてどちらがより顰蹙を買うでしょうね?』とからかうこと請け合いだが、そんな発想をしないところがなんとも

彼らしかった。

 部屋に戻り、ベッドの向こう端に光をそっと寝かせる。なにも添い寝をしようという訳ではない(ホントに?)。きちんと

掛けられていたベッドスプレッドをめくり、もう一度光を抱き上げて移動させ布団を掛けたが、小さくむにゃむにゃ

言っただけで起きる気配はなかった。

 あまりに無防備なその姿に少々複雑な想いを抱えつつ、乱れかかった髪を払うついでに柔らかな頬に触れるに

とどめた。

 光の規則正しい寝息と、ランティスが書類を繰ったり署名を入れたりする音と、時折窓の外をいく小鳥たちの

声だけが室内に満ちていた。

 

 ランティスが書類を片付け終えても、よほど疲れていたのか光はまだ目覚めない。ふと部屋を見回し、書棚の

上に置いたままのクレフの画集に目がとまった。

 『私にとっては、それらは過去でしかない。お前にとってはもうそれしか残っとらんだろう。手元に置いていて

構わんぞ』

 そう言われ、その言葉に甘えたが、いつまた光が手にするか判らない。この間は魔法で封じることが出来たが、

使いなれない系統は効力も定かではなかった。

 光がぐっすり寝入っているのを確かめて、ランティスは静かに書棚に歩み寄りその画集を手に取った。

 

 

 あの日の光が見られなかったのは、人物画のページばかりだった。

 

       ゆりかごを覗き込み、産まれたばかりの弟を笑顔であやすエメロード姫         

       まだ高弟の一人でしかない頃の少年っぽさが微かに残るザガートとランティス

       ≪柱の試練≫を終え、戴冠したばかりのエメロード姫に拝謁した時のランティス

                      

                                                                        illustrated by 3児の母 さま                      

       幼くして死別してしまった兄弟の為に、思い出を辿って描いてくれた若かりし頃のランティスたちの両親。

       

 それらもまた、昔のセフィーロのさまざまな幸せの形ではあった。まだ誰ひとりとして≪柱制度の崩壊≫など

思いもよらなかった頃の、穏やかな風景の中のひとこまに過ぎない。

 それでも彼女たちには…、いまだあの時の悪夢にうなされる光にとっては痛みを覚えるものに違いないと、

ランティスはそれらの絵を封じたのだった。

 いつかもっと大人になって、その痛みを乗り越えられるようになったなら…。

 

 

 『ランティス、ジェオたちはそろそろ帰るそうだ』

 不意にクレフから心話で呼び掛けられ、いちいち見送るのもどうかと思ったものの、光たちの帰りの予定を聞いて

いなかったことを思い出した。見送りに出向けば多分どちらかがいるだろう。昼食も摂らないまま眠り込んでいる

光の為に、ついでに何か見繕ってこようなどと考えつつ、ランティスは部屋を後にした。

 

 

 「…うにゃ……?」

 見上げた天井は自宅の和室じゃない…。周りを見渡して、全く知らない部屋ではないことに気づいたが、どうにも

角度がおかしい。

 「ここ…ランティスの部屋……?どうしてランティスの部屋で寝てたんだろ…。それに夕方っぽい…?」

 すっかり陽が落ちていたらパニクるところだった。こちらに来ている時に限り、覚は少しだけ門限を緩くしてくれて

いるが、あまり遅くなっては心配させてしまう。

 おそらくは眠り込んだ光をここで休ませてくれたのだろうが、部屋の主の姿が見当たらなかった。

 「お腹空いたなぁ…。ランティス、どこに行ったんだろ」

 ぐーっと思いっきり伸びをしたら、せつないお腹もついでにぐーっと音を立てた。

 「はっ、恥ずかしい…。ランティスがいない時でよかった…」

 あれほど『どこへも行っちゃヤダ』と思っていたくせに、こういう場合には居てほしくないだなんて、我ながら身勝手だと

苦笑いしつつ、光はベッドから抜け出した。

 大きな執務机に置かれたものに気づいて、光はそれに触れた。

 「この間のスケッチブックだ…」

 二度と見ることもないかもしれないからしっかり記憶しておこうと意気込んでいたわりには、ランティスのことで

いっぱいであまり頭に入ってはいなかった。

 普通に椅子に座ると沈み込み過ぎるので、アームレストに腰掛けてまた画集をめくり始めた。

 「同じじゃなくていいって、ランティスは言ってくれた…。新しいセフィーロでいいんだって…」

 ――むかぁしむかし、こんな国がありましたとさ――ぐらいの気持ちでいればいいのかもしれない。そんなふうに

考えながら一ページずつ丁寧にめくっていた光の手が止まった。

 「これって……」                          

 絵を見つめたまま、何かをこらえるように光が口許にこぶしをあてたとき、ドアが開いてクロッシュで蓋をした何かを

手にしたランティスが戻ってきた。

 魔法を解いたつもりはなかったのに、光が見ていたのはランティスが封印した筈のページだった。

 「ヒカル…」

 泣きそうになるのを踏みこたえた光がにっこりと笑った。

         

                                    illustrated by 3児の母 さま

 「兄様とは…仲良かった?」

 トレイを机に置き、ランティスは椅子に座ると光を膝に掛けさせた。見られてしまった以上、隠し立てすれば余計に

傷つけるだけだろう。それならばせめてともにいて、その痛みを受け止めることを選ぼうとランティスは心を決めた。

 「どうだろうな。悪くはなかったが……、まぁ普通だろう」

 「普通、ね…」

 ぶっきらぼうなランティスの答えに苦笑しつつ、光はまたページをめくっていく。

 「なんだか少し若い感じだけど……、ランティスの父様と母様だ…」

 光の呟きに、ランティスが軽く目を見開いた。

 「どうして判った?」

 「え…?あ、そういえば…なんでだろ」

 夏に見たあれも、高等科に上がった頃に見たあれも夢に過ぎなかった筈なのに、どうして判ったたんだろうと、

光自身も首を捻っていた。

 「…野性のカン…かな。ふうん、ランティスの蒼い瞳って、母様譲りなんだね」

 超常現象を追究する趣味のない光は、傍にいたランティスの影響を受けただけだろうとひとり納得していた。

 新たなページに描かれたその女性も、光の記憶の中にいた。

 「こんなに優しい顔してたんだね、アルシオーネ……」

 地球のハープに似た楽器を掻き鳴らすアルシオーネはとても穏やかな顔つきで、光たちを何度も苦しめた魔導師と

同一人物とは思えないほどだった。

 ランティスが剣術修行に重点を置いて、一時的にクレフの許を離れていた頃に教えを請いに来たアルシオーネと

直接の面識はないが、すぐに姫付きに配されたことでその実力のほどは判ろうというものだ。そしてザガートに与した

アルシオーネと光たちの間に何があったかは、導師から聞き及んでいた。

 心を落ち着けるように深呼吸をして、光がまたページを繰った。

 「わぁ、可愛いなぁ…。この赤ちゃん、フェリオ?」

 「ああ」

 「風ちゃんにも見せてあげたいな。絶対喜ぶよ!これ、ここから持ち出しちゃダメ…?」

 風が喜ぶ顔を想像してワクワクしてさえいる光に、ランティスは幾許かの戸惑いを覚えた。

 「ヒカル…」

 『つらくはないのか?』と問えば、まるで彼女らに良心の呵責を感じるべき罪があるがごとき言い草のようで、

ランティスは続ける言葉を見つけられなかった。

 ランティスの躊躇いに気づいて、光は絵に視線を落としたまま言葉を紡いだ。

 「……自分がしたこと、忘れた訳じゃないよ。あの時は『セフィーロを救うこと』だけが全てだった。そうしなきゃ

私たち東京に帰れないって言われて、他のことなんて全然考えてなかったから…」

 フェリオをあやす幼い姫に、ザガートを喪った哀しみと怒りに支配された阿修羅の形相の大人の女の姿が重なって

見えた。

 「ザガートにとっては姫の自由を勝ち取ることが一番で、でも姫はセフィーロの民を思うとザガートの気持ちを受け

入れられなくて……、セフィーロは姫の心と同じように壊れていってて……。やってしまったことはもう取り消せない。

みんなが責めないでいてくれるなら、せめて同じ過ちを繰り返さないように、前に進まなくちゃ……」

 「新しいセフィーロは、みなで支えるんだろう?」

 「うん…」

 「お前ひとりきりじゃない。旅をともにした仲間も、導師も、プレセアたちもいる」

 「…うん」

 「お前が必要とするなら、俺も力を尽くそう」

 「……ずっと……?」

 「お前が、望むだけ…」

 ひどく近い距離で視線が絡む。さっきこらえた涙の雫が残る睫毛をランティスがそっと拭い、その大きな手が頬を

包む。光はその手に白い小さな手を重ねて目を閉じた。

 『ランティスはずっとここに居てくれるんだ……。よかった…』

 寝ている間は仕方がなかったにしても、起きていてこれほど無防備な姿を晒されたならランティスでなくとも攻めに

転じるだろう。自由なほうの手で顎をそっと掬い上げると、光はきょとんとした顔でランティスを見つめた。そんな

シチュエーションをこれっぽっちも予想していない無垢なまなざしのまばゆさに、微かに罪悪感を覚えたランティスの

隙をその音は逃さなかった。

 

くるるるるるるっ

 

 大きな声で空腹を主張する腹の虫に、光は真っ赤になってランティスの膝から逃げ出した。

 「あはははは。えーっと、あの、朝ごはん凄く早い時間だったし、お昼食べないで爆睡しちゃったから、…聞こえた?」

 当然のごとくに飛び出したネコミミは面目なさげに垂れ気味で、ネコしっぽは照れ隠しにぱたぱたと振れていた。

ここは知らん顔をしてやるのが礼儀なのだろうが、あまりのタイミングの良さ(悪さ?)にランティスも苦笑を禁じ得なかった。

 「帰る前につまんでいくといい。飲み物は何がいい?」

 皿の上のクロッシュを開けると、光は「わぁ、美味しそう…」と呟きつつ、オアズケを命じられた子犬のような顔をしていた。

 「えーっと、エスプレッソがいいな♪」

 「少し待ってろ」

 光はエスプレッソを所望したがセフィーロにエスプレッソマシンはない。光が地球から持ってきたアメリカンローストの

豆を使っているのに、どういう訳かランティスが淹れると激ニガになるので、便宜上≪エスプレッソ≫と呼んでいる

だけだ。(地球のバリスタが聞けば憤死するかもしれない…)

 「入ったぞ」

 光専用の猫柄マグと、光がコーヒー用にと持って来てくれたステンレスマグになみなみ注いで机に置いた。

 「いっただきまーす♪うーん、スッゴく目が覚めるよ、この苦み…」

 褒めてるんだかけなしてるんだかよく判らない感想を述べつつ、ぱくぱくとサンドイッチの様なものを平らげていく。

 「いつものヒカルらしくなったな」

 ここしばらくの元気のない様子が気掛かりだっただけに、光が彼女らしくなったなら自分の想いを届け損ねたことも

そう惜しくはなかった。(武士は食わねど高楊枝…?)

 「昔、旅してた頃…」

 もぐもぐと食べる合間に、小首を傾げて光が切り出した。

 「チゼータの民族衣装も着たのか?」

 飲みかけていたエスプレッソが気管に入りそうになりランティスがむせ返る。慌てた光が心配そうに顔を覗き込み

ながら、広い背中をさすった。

 「……ノーコメント……」

 ようやく一言を発したランティスに、光はふくれっ面になる。

 「そんなのずるいよ!罰としてランティスにはコスプレやって貰うから!」

 「・・・・・」

 どこら辺がずるくて、なにゆえ罰ゲームを科されるのかランティスにはさっぱり解らない。

 「オートザムのは見たし、ファーレンのは普通に似合いそうだし、チゼータのはちょっとアレだし・・・・うーんんんん。

そうだっ!!」

 唸った挙句になにやら閃いた顔の光に何を言い出すのだろうとランティスが内心ぎくりとなる。

 「ランティスの剣道着姿が見てみたい!!」

 「ケンドウギ?」

 「ほら、星見の夜に私が着てきたあの格好だよ。男女とも一緒なんだ。・・・・ランティスって背が高いから覚兄様の

でも無理かなぁ・・。門下生の警察官の人とかは結構大柄だから、交渉して借りてくるよ」

 まだやると承知してもいないのに、光の中ではすでに確定事項になっているようだった。上機嫌で計画を練る光を

見ながら、地球とチゼータのどちらのコスプレがよりましかと尋ねられれば、光の提案のほうが遥かに彼の嗜好には

そっているのだしと自分を納得させるランティスだった。

 

 

 

 

                                                    2011.2.14up

 

 

 

 

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バレンタインとはこれっぽっちも関係ない話ですみません

Stay by my side というタイトルとイメージは、倉木麻衣さんの曲から頂きました

・・それにしても、どうしてそんなにそばに居てほしいのか

とっとと気づきなさいってことで「課外授業」の前日譚でした

3児の母さまが「残念な作画に挑戦状」のセピア色のランティス(これを拝見してエンディングにたどり着けた…ともいう)と

ザガラン誕用に描かれたツーショットを挿絵として許可いただきました

 

 

        このお話の壁紙はさまからお借りしています