恋人がサンタクロース

 

 ランティスを送るために差し回されたNSXのなかではくだんの男が

仏頂面でコーヒーを口にしていた。

 「機嫌直せって。お嬢ちゃんとの逢瀬の邪魔して申し訳ないと思ってる

から、オートザム最速のこいつで送り届けてんじゃねぇか…」

 「ジェオの言うとおりです。予定通り導師にお出まし願えてれば問題

なかったんですけど…」

 それは言外に『導師クレフがあなたに振ったせいでもあるのだから、

半分は国内事情でしょう?』と言われてるように聞こえなくもない。

 そんなことは承知の上だから押し黙ってコーヒーを啜りつつ、セフィーロ

着陸を待っているのだ。

 「しょうがないなぁ…。僕のとっておきのおやつを出してあげますから、

も少し機嫌直して…」

 「要らん!」

 即答したランティスに構わずコーヒーマグを持ったまま立ち上がった

イーグルが自分のマントの裾を踏んづけてつんのめり、なみなみ入っていた

コーヒーを盛大にぶちまけた。

 「おい、大丈夫か?!ランティス」

 ジェオがイーグルより先にランティスの心配をしたのも無理からぬことで、

その大半がランティスにかかっていた。

 NSXの電磁波的騒音でコントロールに若干の不安定さが否めない殻円

防除を極小エリアで発動すれば過度に弾き返しかねないこともあって、

ランティスは黙って浴びる選択をしていたのだ。

 顔を背けて腕で守ったものの、儀礼用に着てきた真っ白い神官服は見るも

無残なコーヒーまみれだ。

 「心配ない。服が汚れただけだ」

 「そいつぁ良かった。俺の服貸してやるから、そいつ脱げよ。最優先で

クリーニング仕上げさせる。セフィーロ着陸までには余裕で完了するさ」

 「……わかった」

 「ランティスは俺の部屋に来い。イーグル、ちゃんと片付けろよ!」

 先に廊下に出ていたランティスは、ジェオがイーグルにニヤリと笑みを

残していたことに気づかなかった……。

 

 

 

 

 「え…。ランティス、いないんだ…」

 海や風といつもよりドレスアップしてセフィーロ城の広間に姿を現した

光が、目に見えてしょんぼりとして呟いた。

 「ホンマは導師クレフが大統領夫人主催のパーティに招かれとったん

やけどな、NSXに乗るんが好かんよってにランティスに押しつけてしまい

はったんや」

 いつものように光をムギュっと熱烈にハグしながらカルディナが言った。

 「人聞きの悪い…。あれには日常的に摂政代行を務められるようになって

貰わねば、私が忙しくてかなわんからな。それにオートザムなら慣れた地だ。

そう気を遣うこともあるまい」

 大統領夫人主催のパーティなんてものには慣れていなさそうだが、とは

敢えて口にはださないが。

 「クリスマスにヒカルが来るのは知ってるんですもの、何が何でも帰って

くるわよ、ランティスなら。だからそんな顔しないで」

 肩にそっと手を添えたプレセアに光はにこっと笑みを返した。

 「大丈夫だよ、プレセア。ランティスが一緒だと甘いの食べにくいから、

今のうちにケーキ一杯食べることにするね!」

 そうして三人は広間での宴席に加わり、セフィーロのクリスマスイヴは

更けていった…。

 

 

 

 

 

 ふと気づくと海も風もそれぞれの恋人と姿を消していた。これ以上ここで

待つと気を遣わせてしまうなと思い、光は『ランティス遅いから、中庭の

ツリー見に行ってからひと眠りするよ!おやすみなさーい!』とみなに

言いおいて広間を後にした。

 

 

 「わぁ、飾りつけ増えたなぁ…」

 オートザムからLEDが届いたときは電飾を飾りつけるだけで終わったが、

その後にオーナメントが追加されたのだろう、点滅する光を受けてキラキラ

輝いていた。

 「クリスマスもいいんだけど、本当はお誕生日を一緒に祝いたいなぁ…」

 ランティスの誕生日は地球暦でいう12月19日だ。光の大学は正直そう

休みが長いほうではない。レポートも多ければ実習もある。光自身バイトも

お給料の出る実習のようなものだしおろそかには出来ない。二学期の締め

くくりでありミッション系でもあるのでクリスマスタブローなどもあり、

私用で休みを取るのは気が引けるのだ。

 「ちゃんと勉強して、きっちり卒業すれば叶うんだから、もっとしっかり

しなくちゃ…!」

 両手でピシャリと頬を叩いて喝を入れた時、カツツッカツツッと軽やかな

音が響いてきた。

 「あれ、蹄の音…?」

 音のするほう、照度を極端に落とした常夜燈程度のうす暗い廊下をじっと

見つめていた光の目がまんまるに見開かれた。

 速駆けさせて乱れた髪をふるりと頭を振って直したランティスが、いつに

変わらぬ低い声で言った。

 「遅くなってすまない…」

 「どうしたの!?ランティス、その格好…!」

 鎧ほどではないにしろ見慣れた服だろうにと不審思いつつ目を開けた

ランティスの瞳に映ったのは、光の瞳よりも鮮やかなカーマインレッドの

自分の袖だった。

 いや、袖どころの話ではない。袖と言わず身頃と言わず全身真っ赤なのだ。

 さっきまでは…NSXを降り、城に跳ね馬で駆け込んだ時も、手綱を取る

腕は確実に白い服だったし、変わったことといえば『外は寒いだろうから』

と勝手にファーのオプションをつけられていたぐらいだ。何を勝手なとは

思ったが、取り外す時間惜しさにそのままにしてきた。そのファーは白い

ままなのだが、ランティスがもともと着ていた服だけが何故か真っ赤に

染まっている。……これはいったい何事だ?

 フリーズしかけた思考になんとか光の声だけは届く。

 「おっきな物持つときはいつも宝玉にしまってたよね?…どうして今日に

限ってそんな大きな白い袋肩に担いでるんだ…?」

 

 そう、よりにもよって今日に限って・・・。

 

 「イーグルから預かったヒカルへの詫びの品だ。『そのままで担いでいく

ほうが絶対ヒカルが歓ぶはずだから』とか言っていたが……」

 一瞬思い浮かべはしたものの、いくらなんでもそれは有り得ないだろうと

思っていたが、もうそこまで聞けば、いかに天然記念物級ぽんやりの光にも

この行事に慣れている分、ピンと来るものがある。

 「あははははは、やっぱりそうだったんだ!まさかと思ってたんだけど、

あはははは、た、確かに、すっごく嬉しいよ!」

 弾けるように笑い出した光についていけず、怪訝な表情でランティスが

光のそばに降り立つ。

 「ヒカル…?」

 「『恋人がサンタクロース』だなんて、ずっと歌の中だけのお話だと

思ってたから…」

 地球文化に於ける『サンタクロースなる人物』の風体(ふうてい)を

ようやく思い出したランティスが憮然とした表情になり苦々しげに呟いた。

 「嵌められたか…」

 友達甲斐のない連中のいい玩具にされたとランティスは業腹だが、光の

ほうは楽しげにランティスに腕を絡めていた。

 「なんだかよく解んないけど、サンタさん独り占めできちゃうのなんて、

きっと私だけじゃないかな!今年一番のプレゼントだもの……あ、でも、

ごめんなさい…」

 突然しょんぼりとなって詫びた光の前にランティスが跪いた。

 「どうした?ヒカル」

 「お誕生日もお祝い出来なかったのに…私、こんなサプライズ用意して

ないんだ…」

 申し訳なさそうに俯く頬を大きな手で包み込むと、ランティスは羽根の

ように軽いキスを落とした。

 「一番の贈り物ならいま貰い受けた」

 不意打ちのくちづけに頬を染めた光が、しどろもどろに言い募る。

 「ランティスったら、もう!欲が無さすぎ!キスだけでいいなんて…」

 聞きようによっては酷くきわどい科白をポロリと言ったことなどちらとも

気づいていない恋人にランティスは小さく苦笑いを浮かべた。

 「それなら、ヒカルごと攫っていこう…」

 左肩に大荷物を担いだまま、右腕だけで軽々と光を抱え上げたサンタは、

中庭を出て暗い廊下へと消えていったのだった・・・。

 

 

                          

 

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