Silent.... vol.10 1225 tokyo II

§12月25日 (雪) 夕方 東京

 

 どのくらいの間瞑想していたか解らない光の身体に寄り添うように、淡いひかりの粒子に包まれた背の高い、白い神官服を

纏った青年がうっすらと姿を現した。

 『ヒカル…、やっと見つけた』

 姿を現したと言っても、その青年・ランティスの身体はセフィーロに置き去りの、精神体だけの身なので、気配を読むことに慣れて

いない光は気づけないようだった。

 『随分やつれたな…』

 光の前にひざまずき、いとおしむようにランティスはその大きな手を頬にのばすが、光にその想いが届かない。

 「逢いたいよ…、ランティス」

 しゃくりあげる小さな肩を抱きしめようとしても、ともすればランティスの腕は光の身体をすり抜けてしまいそうになる。

 『こんなにそばにいて、お前に触れることも出来ないのか…。――!』

 道場に近づいてくる人の気配を感じて、ランティスは立ち上がり引き戸を見つめた。引き戸を開けて現れたのは、光と同じような

衣装を身につけた背の高い青年だった。

 『あれは…、一番上の、サトルか…」

 以前光に見せてもらった家族写真で、ランティスはその顔を見覚えていた。この先、お互いの気持ちが変わらず光と結婚する

ことになったとしても、顔を合わせることもないと思っていた光の家族。不在の両親に代わり、弟妹の面倒を見続けてきたという

長兄。光が気づかないぐらいだからきっと解らないだろうと思いながらも、ランティスは右手を胸に当ててセフィーロ風の一礼をした。

 「ひか…る」

 光に声をかけようとした覚の視線が何かの気配を感じたように不意にさまよった。そしてさまよったのはほんの数瞬で、一礼した

ランティスにぴたりと視線を合わせてきた。

 『俺に気づいたのか…?』

 半信半疑で見ていたランティスに、覚は姿勢を正して目礼し、まるで光のことはお任せするとでもいうように道場から離れようと

した。任されたいのは山々だが、いまのランティスでは光に触れるどころか声をかけることすらできない。だが、もしかしたら…。

 『失礼!兄上』

 ランティスは覚を追いかけて捉まえると同調を試みた。メディテーションを通して感じなれた光とよく似た波動の持ち主だったので、

ランティスは苦もなく覚の中に入り込むことが出来た。

 『申し訳ないが、しばらく身体をお借りします、兄上』

 同調される側はほとんど意識がないものだが、礼儀としてランティスは一言詫びていた。覚の身体で道場に戻ると、竹刀を手に

して瞑想する光の前に歩み寄った。

 

 

 覚に気づいて、光は慌てて道着で涙を拭った。

 「ヒカル。俺と手合わせしないか」

 覚の言葉に、光が怪訝な顔をする。

 『覚兄様、「俺」なんて言ってたっけ…?それに…』

 瞑想しなさいと言っておいて中断させるのもあまりないことだし、『光』と呼ばれた時、ここに居るはずのない、あの人の言い方の

ような気がした。そんなことがある訳もないのに…。閃光を亡くしてから、ずっと立ち止まったまま動けなかった。本当はランティスの

胸で泣きたくて、でもそんな情けない姿を見せたくなくて、自分で自分がどうしたいのか解らず収拾がつかなくて、どこにも行けない

まま、ランティスとも一生逢えなくなるような気さえしていた。

 『いつもいつも甘えてばかりだ、私…』

 「ヒカル」

 再度促されて、竹刀を手にした光が立ち上がり、ひとつ深呼吸してからすっと構えた。覚と違って剣道の心得のないランティスは、

とりあえず光を真似て構えた。竹刀を手にして向かい合ったはいいが、いつまで経っても覚が開始の合図をしないので、光はまた

違和感を覚えた。

 「あの、覚兄様。始めないの?」

 「え?ああ。ヒカルから来ればいい」

 やはりおかしいと思いながらも、光が最初の一歩を踏み出した。

 「やぁぁぁ!」

 真っ正面から打ち込んで、簡単に払われた。だが、何かがいつもと違う。そう頻繁に覚と手合わせする訳ではないが、それでも

太刀筋というか、癖は身体で覚えている。打ち合えば打ち合うほど、目の前にいるのが覚だと思えなくなっていく。

 入門したての子供たちを教える覚は、いつも恐ろしいほど基本に忠実だ。そこを見込まれて、某教育関連企業の剣道入門の

ビデオ教材にもされたぐらいだ。なのにいま光と打ち合う太刀筋はまるで別物で、剣道というより実戦で研かれたものに思えた。

警察署での指導のときは基本に忠実なだけではないだろうが、それにしてもこの太刀筋は戦い慣れ過ぎていた。

 切り結んで距離を詰めた時に光はじいっと兄の顔を窺うが、覚はふっと微笑って竹刀を押し返した。そんな表情も、覚の顔なのに、

覚には見えなかった。

 『私は知ってる。この太刀筋も、この微笑いかたも…!でもそんなこと…、そんなことあるはずないのに…。どうして?』

 そう思いながら何度も打ち合ううちに、いつしか光の竹刀捌きも剣道から逸脱していった。手にしているのは、エスクードの剣では

なかったけれど。セフィーロ城での剣術指南に参加して、ラファーガに、そしてランティスに向かってきたときのような力強い剣捌きを

取り戻しつつある光に、覚の姿を借りたランティスも真剣に応じていた。

 『何のために戦うと決めたのか…、何のためにその道を選ぶのか…、思い出せ、ヒカル』

 大切なものを喪った悲しみに打ちひしがれたまま次の目標まで落としてしまったら、きっと彼女は後悔することになる――だから

ランティスは、なんとしてでも光を立ち上がらせたかった。竹刀の構えだけでなく、さきほどまでとは違ってきた光の表情と瞳の

力強さに、ランティスは安堵の息をつく。

 『…もう、大丈夫だな』

 本心を言えば、光を抱きしめて、そのまま気が済むまで泣かせてやりたかった。だがたとえそれが血の繋がった兄でも他の男で

あることには変わりなく、ランティス自身がそれを良しとしなかったし、覚の自我にも頑として拒まれた。同調されながらこれほど

拒絶の意志を表明できる覚に、ランティスは敬服していた。

 『ヒカルの兄上だけあって、やはり並外れて意志が強いな、サトルは…』

 覚の姿をした者が目の前の相手から注意を逸らしていることを見透かした光が、勝ちを狙いに踏み込んでいく。

 「たぁぁ!」

 もしも竹刀ではなくエスクードの剣を手にしていたなら、間違いなく炎を帯びた剣圧が覚に襲いかかっていただろう。

 「まだ少し甘いな、ヒカル」

 完全に間合いを見切っていたランティスは、右手だけの一閃で光の竹刀を弾き飛ばした。それは覚の姿ではあったけれど、

魔法剣で魔物を薙ぎ払うときのランティスの剣捌きそのままだった。

 「あっ!」

 弾き飛ばされた光の竹刀が道場の壁の上の灯り取りの窓をガシャンと叩き割った。

 『しまった!修復魔法は…、この身体では無理か。……申し訳ない、兄上』

 ガラスの割れる音を聞きつけた翔が中庭に落ちていた光の竹刀を拾い、海を伴って道場に駆けつけた。

 「何やってんのさ、覚兄(にぃ)。龍咲さんが来てるからって、光を呼びに行ったきり戻ってこないと思ったら…」

 ガラスの割れた衝撃音と他者の乱入で、『もう、同調が解けるな…』とランティスは思った。

 「ヒカル、また…手合わせしよう…」

 『また逢おうな』と言いかけて、自分が来たことは知らせないほうがいいと考え、ランティスは言葉を誤魔化した。しばしの別れを

惜しんで、光の柔らかな赤い髪を覚の大きな手でくしゃりと撫でる。明かされずとも、その撫でかたがあの人のものから覚のものに

変わっていくのを、光は目を閉じてじっと感じ取っていた。

 「うん、また、ね…」

 淡く柔らかなひかりが一瞬だけふわりと光の身体を包み込み、やがて消えていくのを、覚は黙って見送っていた。

 「光。足元に何か落としてるよ」

 「えっ?」

 光が足元を見ると、細い鎖のついた金色の小さな丸い鏡が落ちていた。さっきまで手合わせしていたのだから、こんなものが

あれば気づいたはずなのにと思いつつ、光はそれを拾い上げた。骨董品のような少しくすんだ黄金色の台座に彫りこまれた水仙の

花のような模様と、小さな紅玉で縁取られた曇りひとつない鏡――裏返すと、見慣れぬ文字が記されていた。上の段は光には

解らない。けれども下の段に記されていたのは、たったひとつだけ覚えた、あの世界の言葉。大切な、あの人の名前。

 「思い過ごしじゃなかったんだ…!」

 両手で包み込んだその鏡を宝物のように抱きしめる光に、覚が訊ねた。

 「それは、君のものかい?」

 「ううん。でも、落とした人を知ってるよ」

 「じゃあ、君に預けておくから、今度逢ったら、お渡ししなさい」

 「うん」

 「それから……。いや、何でもない」

 『命の危険が伴うから連れては来られない』――妹の付き合っている相手と一度は話がしたいと言った覚に、光はそう答えていた。

 その無理を通してでも光のためにここまで来てくれたやつなら、きっと大丈夫だろうと覚は思った。

 「あの、ガラス代は私が払うから…。ごめんなさい、覚兄様」

 「他にお詫びしなきゃいけない人がいるだろう?光」

 引き戸のところで翔と並んで立ちながら、光にどう声をかけようかと迷っていた海に、覚が視線を向けた。

 「海ちゃん!」

 その声を合図に、ふたりして駆け寄り、海はしっかりと光を抱きしめた。

 「海ちゃん、すっぽかしちゃってゴメンね」

 「もう、光ったら、ホントに水臭いんだから!いつもいつもひとりで抱え込んで…!」

 「心配かけてごめんなさい」

 「ここは寒いですから、居間で温かいお茶でも入れましょう」

 その覚の言葉に、『じゃあ、着替えてくる』と、海を伴った光が道場を後にし、残った翔が兄にツッコミを入れた。

 「そりゃただでも冷える道場の窓を叩き割ってるからじゃない?覚兄。年内に直してもらえるかな、あれ…」

 「いや、あれは光の彼…」

 光の彼が来ていたなどと翔に言ったら、大騒ぎになると思った覚は、そこで言葉を飲み込んでしまった。

 「光のかれ…?」

 「光の…華麗な竹刀捌きに見蕩れて、ちょっと手が滑ってやりすぎたんだよ」

 覚の苦しい言い訳に、翔が首を捻る。

 「光の竹刀捌きって、あんまり華麗って気はしないんだけどなぁ…。ま、いっか。優兄が美味そうなケーキ買ってきたから、

早いとこお茶にしよ」

 

 

 

I wish you a Merry Christmas... 〜☆・:.,;*

  

                                                                                                       

 

 

 

 

                                                 2009.12.18

 

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またしても長い話になってしまいました。

長らく停滞中の 14days の 7月2日 から分割することにした「進路指導室」と「Silent....」がようやく終わりました

ちなみに「Silent....」は「機動警察パトレイバー旧OVAの中のキャラソン」(といっても、その役の声優さんではなかったのでイメージ曲でしょうか)にインスパイアされました

歌っていたのは、兵藤まこ さんです。マイナーすぎてYOUTUBEとかでも見つからず(笑)

・・・とおもってたら、2010.12にupされてました(≧∇≦) こんな曲です

他には、嵐 さんの Be With You とか、玉置成実 さんの Reason あたりも、ちょっとイメージかも。とりあえず、クリスマスに間に合ってよかった〜。

・・・それから、防具も無しでやるんかいっ!ってツッコミはナシな方向で(絶対ランティスつけ方が解んないだろうし・笑)

 

このお話の壁紙はさまより、スノーボールはさまよりお借りしています