タキシードミラージュ

 

 

 クリスマス仮面舞踏会当日は昼過ぎから雪がちらつき始めていた。

 「ホワイト・クリスマスになればよりロマンティックなのにねぇ」

 自宅のピアノ室でカルテットとの軽い音合わせを済ませて一息ついていたの

だろう、窓辺でロイヤルミルクティーを飲みながら、出かけようとしていた

ランティスにキャロルが声をかけた。

 「積もったら積もったで登校してくる学生が大変だと思いますが?」

 学院敷地内に自宅があるランティス以外は、車で送ってもらうのでなければ

なかなかに苦労するだろう。室内から見ているだけならロマンティックで済むが、

学院生はえてして雪道には慣れていない。

 ランティスが腕に掛けたコートに目を留めたキャロルが訊ねた。

 「あら、コートで出掛けるの?」

 「…タキシードだけでうろつく気温じゃない」

 気温も勿論だが、この格好で外を歩くのはどうにも抵抗がある。

 「もう、あなたって解ってないわね。仮面舞踏会なのよ?! マスクとマントと

ステッキとシルクハット、ちゃんと用意してあげてたでしょう?」

 部屋に新しいタキシードが吊るされた二日後、確かにそれらはランティスの

部屋に湧き出ていた。

 「…マスクは持ちました」

 内ポケットからちらりと出してみせる。マントは霧の多いイギリス時代には

愛用していたが、以前着用したときに光にドラキュラみたいだと言われたので

日本国内では控えていた。

 「ダメよ、ダメダメ! コートなんかじゃヒカルちゃんのドレスが台無しに

なるわ!」

 「………」

 結局セレニティなる王女が何処の王女か思い出せなかったランティスはネット

検索である一つの答えにたどり着いてはいた。だが、それを母キャロルが知って

いるというのもどうにも腑に落ちず、未だ正解が見えていなかった。

 「あのステッキだって見た目だけじゃないのよ? 傘にもなるんだから、

こんなお天気にはうってつけでしょう?」

 見た目でランティスが引いているのには気づかなかったらしい。そのステッキは

世界有数のダイヤモンド、カリナンⅡ世の向こうをはるかのような馬鹿でかい

スワロフスキー付きだった。普段の息子の持ち物にそういうチョイスがないと

いうことになぜ気づかないのかと頭が痛くなる。

 「……」

 「ヒカルちゃんのドレスに合わせてあなたの小物まで一式選んでるんだから、

ちゃんとしてちょうだい!」

 つかつかとランティスに歩み寄ると、腕に掛けていたコートを取り上げる。

 「さ、マントとステッキとシルクハット、取ってきてから登校して!」

 「………」

 流石というべきか、無言で威圧する息子に怯むような可愛い性格ではなかった。

 「ヒカルちゃんが歓ぶ顔、見たいでしょう?」

 ………クリティカルヒット……その言葉には…抗いきれなかった……。

 

 

 

 春に開かれるちいさき薔薇の舞踏会と違い、クリスマス舞踏会は任意なので、

参加者もそこまで多くはない。舞踏会の会場となる講堂隣接の体育館併設クラブ

ハウスでみな舞踏会用の衣装に着替えることになっている。

 光から学校に着いたとの連絡を貰ってから自宅を出てきたランティスは、件の

ステッキを手にして、シルクハットを被り、マントに身を包むという出で立ちで

クラブハウスのエントランスホールで待っていた。

 通りかかる女子生徒がちらちら見ているのに気づいてはいたが、ランティスは

敢えてそれらを無視していた。

 『……あれって、もしかしてまもちゃん…?』

 『先輩がぁ? …そういえば獅堂さん…なんかうさぎっぽかったような…』

 『…龍咲さんがツインテール作るのに苦労してたっけ…』

 ちらほらと耳に届くささやきに、ランティスの中で振り払ったはずの疑念が

積もり始める。企んだ母が居るであろう講堂を静かに睨みつけている後ろ姿に、

待ちわびた声が届く。

 「ランティス、お待たせ」

 ふうっと息を吐いてリセットすると、ランティスはその声の主を振り返った。

 いつも後ろで三つ編みにされている紅い髪は頭上に二つのお団子を結び、そこ

から緩いウェーブが垂らされていた。

 「『どうせならブロンドのウイッグもあったほうが良かったんじゃない』って

海ちゃんが言ってたけど、そのほうが良かったかな…? このお団子も苦労して

結ってくれてたんだよ…素材が素材だからかなりプリンセス感に欠けてる気も

するんだけどさ」

 少し照れくさそうな苦笑いを浮かべた光に、ランティスは髪を崩さないよう

そっと頭を撫でた。

 「ヒカルはそのままでいい」

 「そ、そかな?」

 エヘッと笑うと軽く肘を曲げたランティスの腕にそっと指先をかける。

 あまり履き慣れてないヒールの足許を気にする光をエスコートして講堂へと

向かう二人の背中に、楽しげな声が響いた。

 「やぁ、プリンセス・セレニティとプリンス・エンディミオン……というより

タキシード仮面のお出ましですね」

 意識の外に押しやりたい一言をぺろりと口にしてにこにこ笑っている友を、

ランティスは光の頭上越しにじろりと睨んだ。

 「…それは言わないで差し上げたほうが…」

 ついとイーグルの腕を引くタトラもふふふっと笑みをこぼしている。

 「……ヒカル……聞きたいことがある」

 「なに?」

 「……シルクハットとステッキは必要だと思うか?」

 目をぱちくりさせたあと、光はまじまじとランティスの姿を頭の上から足先まで

見遣る。

 「あってもなくてもカッコイイよ。ランティスはランティスだもの」

 ニコッと答えた光の言葉を受けたランティスはつばを掴んでシルクハットを取ると、

乱れた髪をふるりと頭を振って整えながら、イーグルの頭に乱暴におしつけた。

 「うわっ、何するんですか!?」

 目深になりすぎたそれを押し上げながらイーグルが抗議する。

 「ステッキもつけておいてやる。こういう光り物はお前のほうが似合いだ」

 「僕はタキシード仮面はやりません。ああ、それともプリンセス・セレニティも

僕に譲り渡すと…? そういうことなら喜んで…っつ!」

 いいいたずらのネタを見つけたといわんばかりのキラキラした笑みを零した

イーグルの左の二の腕がちきりと捻り上げられる。

 「おいたはそのぐらいになさいませ? 三人でワルツは無理がありますわ」

 いつもの泣き落としがこないのがいっそ不思議なほどのタトラの反応に、

イーグルがふざけすぎた非礼を詫びた。

 「失礼。貴女をエスコートしながら言うことではありませんでしたね、タトラ」

 「……一人で居たら本気で言ってたんだろう……」

 ぼそりとランティスが落とした爆弾には気づかないふりをして、イーグルが

恭しい一礼でタトラを誘う。

 「いま一度、貴女の手を取る栄誉を僕に与えてくださいますか? タトラ」

 「…今度よそ見をされたら、足を踏んでしまうかもしれませんわよ?」

 「その時は抱えあげて躱します」

 「……」

 それはまだよそ見をする可能性がないとは言い切れないという意味なのかと、

三様の視線がイーグルに注がれる。

 「あれ? 信用ないんだなぁ。僕は同じ過ちは繰り返しませんよ」

 そこでニコニコッと笑うあたりがいまひとつ信頼性に欠けるのだが、今日は

お祭り。卒業までいくつもない楽しいイベントをこじらせるのは勿体ないと

タトラが微苦笑して手を差し出した。

 「仕方のないかた」

 優雅にその手を掬いあげると、そのほっそりとした指先にイーグルがふわりと

くちづける。

 「さぁ、参りましょうか」

 タトラの腰にそっと腕を回して歩き出すイーグルをあっけにとられたように

光が見送っている。

 「どうした?」

 「えっ? ううん、何でもない。行こ?」

 そういう仕草が絵になる二人が羨ましいと思う反面、我が身に置き換えて想像

してみるが今ひとつしっくりこない。ぼんやり考えごとをしながら歩いていると

ランティスが不意に立ち止まった。

 「これは酷いな…」

 「わぁ、積もってる!!」

 体育館と講堂の間を繋ぐ通路に屋根こそあるのだが、壁がある訳ではないので

吹きつけるように降られると意味をなさないのだ。普段の光ならこのぐらい雪が

積もったからといって躊躇うはずもないが、真っ白なロングドレスとヒールでは

さすがに踏み出せない。

 「…イーグルとタトラ、どうやって向こうに行ったんだろう…?」

 ほんの僅かに先に行ったはずの二人が立ち往生していないことに、光が小首を

かしげている。

 「こうすればいい」

 「うにゃっ!?」

 ランティスが光のほうに向き直ったかと思うと、次の瞬間にはその腕の中に

抱えあげられていた。

 「ええっ!? あ、歩くよ」

 「あまり暴れるな。お前を落とすか、俺の足元が雪で滑る」

 ぴたりと動きを止めた光がボソリとつぶやく。

 「もう、受験生が落とすとか滑るなんて言っちゃダメだよ…」

 「そんなことには左右されない」

 降り積む雪の上をしっかりと踏みしめ、ランティスはこともなげに講堂へと

渡り切る。

 「ここなら立てるだろう」

 ランティスの声に、『光の方からアプローチしたっていいと思うわよ?』と

言った海の声が脳裡で重なる。

 「あ、ありがとう、ランティス」

 ほっぺにありがとうのキスぐらいならこっちからいってもいいよね!?と勢い

こんだ光だが、気恥ずかしさに閉じてしまった瞳はうわずる程のことだろうかと

そちらを見ようとした目標が僅かに動いたことを当然ながら捉えていなかった。

 「「……!?」」

 頬に押しつけたはずのくちびるの端に、頬とは違う柔らかな感触を覚えた光が

慌てて顔を離す。

 「…ヒカルに奪われるとは思わなかった…」

 「ご、ご、ごめんなさいっ!!」

 ランティスが腕に力をこめているので逃げ出すことも叶わず、光は目をぎゅっと

閉じて首を竦めていた。

 「…奪われるより奪うほうがいい…」

 強張る光を融かすかのように軽く優しくくちびるが触れて離れていく。静かに

床に立たせるが、のぼせた光の足元がふらつきランティスはそっと抱き寄せた。

 「…大丈夫か?」

 びくんとばねじかけのようにしゃっきり背筋を伸ばし、光がカクカク歩き出す。

 「だ、だいじょぶ!! だってランティスと踊れる最後のチャンスだもの!! 

ちゃんと踊るよ!! 行こうっっ!」

 まだ卒業プロムもあるし、光が望むならいくらでもその機会はあるのだがなと

思いながら、ランティスは紅い髪の少女のあとをゆっくりと歩きだした。

 

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                       2015.2.14 up

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このお話の壁紙はさまよりおかりしています

 

バレンタインにクリスマスネタなのかという

ツッコミはなしな方向で(汗)

タイトルは言わずと知れた美少女戦士セーラームーンのエンディングから。

うさぎちゃんとまもちゃんが、ラン光に重なるとねたを振ってくださった

テン様にささげます←何年越しだよっっ!