敦賀蓮氏の指南 あるいはランティス君の受難)

 

 蓮がランティスと連れ立ってやってきた控え室はサクサク支度が進んでいた。スチール

撮りの蓮はメイクも必要だが、ランティスの準備は簡単に済んだ。

 「キミ、ホントに大きいわねェ。この着流し、敦賀さん用の特注だったのに、つんつるてん

なんだもの」

 着付けるのも一苦労という感じでそう大柄ではないメイク担当が、ランティスの足元を見て

苦笑していた。

 「すみません…」

 「面倒かけてるのはこっちなんだから、君が謝ることないさ。けど、何かと大変だろう?

それだけ高いと…」

 主役のほうも手早く仕上げたメイク担当の女性がランティス用にもうひとまわり大きい

草履を探しに出ていったのを見すまして、蓮がランティスに尋ねた。

 「和室や電車の乗り降りでたまに気になるぐらいですよ。同じ苦労はあるでしょう?」

 ランティスと蓮では10cmと違わないのだから、一般的な日本家屋はまずアウトのはずだ。

 「まぁ、マンション選びは難航したクチかな。自分本位で決めてしまったから色々苦労してるよ。

君も俺と同じ苦労しそうだよね、あの彼女相手だと…」

 言われた意味がよく解らないというふうに、ランティスが眉根を寄せている。

 「解らないかい?『男子厨房に入らず』なんて古風なこと言うならともかく、システムキッチンの

高さの選択だって困るんだよ。シンクの高さ然り。作り付けの吊り戸棚然り。君を基準にしたら

彼女は足場無しに届かないし、彼女基準にしたら今度は君がレミュエル・ガリヴァーだ」

 「今からその心配が必要ですか…。それにヒカルだってもう少し伸びるかもしれないし」

 兄三人があれだけでかいのだから、光にだって望みはある。まあ別にちんまり可愛いまま

でも一向に構わないけれど。

 それより何より、どさくさ紛れに問題発言してないかと密かに社が気を揉んで、『コラコラ

何言ってるんだよ、るぇぇんん〜っ!』と、持ち合わせのないテレパシーを必死に担当俳優に

送っていた。

 「随分と……実感、ありげですね…」

 細かいことに拘らない質のように見えても、初対面の相手からそんな指摘をされれば

いやでも気になるだろう。『言わんこっちゃないっ!』と、社が内心でひきつっている。

 「共演者の皆とホームパーティーする時に、女優さん達が大変そうだからさ」

 キュラリとした蓮の笑顔に、社の頬がひくついた。

 『この大嘘つきっ!お前ん家に入ったことのある≪女優≫なんて、キョーコちゃん以外

いないじゃないかっっ!!』

 あまり芸能ニュースには興味を持っていないのだろう。蓮の嘘を看破することもなく、

ランティスは納得していた。

 「なるほど。まぁ、検討しておきます…」

 将来的には気をつけなければならないのかもしれないが、軽く10年ぐらいは先の話だろう。

それもやっと光が四年制大学を卒業して、社会人になったぐらい頃だ。

 「サントラ担当のミセス・アンフィニのご子息になら訊いても許されるかな…」

 「…?」

 「四つも離れててジェネレーション・ギャップって感じないかい?彼女と…」

 どうして会ったばかりの相手からそんな質問をされなければならないのかとランティスは

幾分困惑気味だ。不躾とも思える紳士らしからぬ発言に社が割り込んでいた。

 「蓮、そんな立ち入ったこと訊いちゃ失礼だよ」

 「それもそうか。ごめんね?『義彬』と『楓』がちょうどそのぐらいの差だっていう設定だから、

つい…。それにこの先『中学生のガールフレンドがいる高校生役』なんてものもオファーが

あるかもしれないし、実生活で経験出来ないことをリサーチする機会は逃せないんだよ。

求められたものを表現する為に、日々、あらゆるものをつぶさに観察するのは役者の基本

だからね」

 母親に桜島級の大根と断じられたランティスには解らない苦労もあるのだろう。主役の

役作りが難航すれば映画の出来にも関わってくるはずだし、協力するのはやぶさかでは

ない。

 「……ヒカルには兄もいるし、一人っ子で育った今時のあの年のコとは違う気もします

が…。……キョウコさんとの実年齢差そのままなのでは?」

 しごくもっともなランティスの指摘を蓮はさらりとかわす。

 「それはそうなんだけど、彼女は後輩であって恋人って訳じゃないからね。俺がちょっかい

かけたら犯罪だよ。最上さん、まだ未成年だし」

 昨今条例も煩ければ、ワイドショーや週刊誌もかまびすしいので迂闊なことはできないの

だろう。

 「なるほど」

 「そういえば…、ずっと剣道をやってきたなら筋金入りの体育会系だよね、彼女。お兄さんの

同級生なら、『先輩』って呼ぶほうが自然な気がするんだけど?」

 不思議そうに言った社に、ランティスが一瞬詰まる。

 「・・・・・ヒカルの先輩は学内だけで250人もいますから」

 やけに細かい突っ込みが来るなとランティスが微妙に渋い顔になる。

 「じゃあ、君の中での彼女に対するスタンスは、『先輩後輩』ではないってことだよね?」

 「…確かに」

 他の後輩たちと光を同列に扱うことなど考えたこともない。多分、朝のプラットホームで

初めて(厳密に言えば二度目だったのだが)出逢った時から、きっと……。

 舞踏会のパートナーがいないと嘆かれようと、アミューズメントパークの招待券があると

言われようと、光でなければ応じたりしなかっただろう。

 「この際だし、不躾ついでに訊いてみようか……」

 「?」

 蓮が更に声を低くしてランティスにひそりとささやいた。

 「どの辺までいったんだい?あのコと…」

 「れっ、れっ、れっ、蓮っ!?」

 『お前は温厚紳士の顔をどこにほっぽり出してきたんだ〜っ!!』と、社は言葉が続かない。

 「・・・・・」

 「男同士の…、ここだけの話と約束するよ?」

 社はまだ口をぱくぱくさせている。

 「…?双方の親も知ってることだから、別に内緒じゃなくても…」

 『な、なんてオープンな!』と、社は開いた口が塞がらない。その辺はやはり純粋な日本人とは

メンタリティが違うのだろうかと唸っていた。

 「で…?」

 ぐぐっと接近してきた二人にいったい何事だと眉をひそめつつランティスが答えた。

 「ヒカルの誕生日に…」

 「うんうん、やっぱりそういう特別な日は外せないよね」

 蓮を止めることを放棄した社がしみじみと頷いている。

 「……ベイサイドマリーンランドまで」

 「「……は……?」」

 するりと答えたランティスに、蓮と社が固まっていた。

 「えーっと…、ああそうか、オフィシャル・ホテルが園内にあったよね?」

 雰囲気バッチリな分、お手頃とは言い難い価格設定だったはずだが、大切な彼女との

『初めて』の演出には出費も惜しまないというところか。

 蓮だってまだ付き合ってもいない…、それどころか好意を告げてもいないキョーコに、

いかにも彼女好みのそれらしい法螺話まででっち上げて高価な(彼女の身を飾れるものなら

0の数が6、7個並んでいようと決して高いとは思わないが)宝石を受け取らせる為にギャラの出ない

一芝居を打ったのだ。

 勝手に何事かを納得している二人を疑問に思いつつランティスが続けた。

 「子供の頃に親とは泊まりましたけど、日帰りですよ、当然」

 「えーっと、昼間っから…ってコト?(やるな!と言うべきなのか、衝撃受けてる俺がダメなのか…!?)

 「ヒカルが貰った招待券はデイタイム用だったし、いくらなんでもトワイライトから閉園までは

不味いでしょう?それこそ誘拐犯扱いされる…」

 ゲームセンターやボウリング場でも夜間の年齢制限があると聞くし、遊園地系にもあるかも

しれない。もっとも規制より何よりあの兄たちがそれを許すとも思えない。

 二十代も半ばになった自分がティーンエイジャーにまるで敵わないショックで悶々としている

社の傍らで、蓮はもう少しだけ冷静に受け取っていた。

 「…俺の訊きかたが悪かったかな。『どの辺まで』っていうのは、place のことじゃないよ?」

 「……?……それは、どういう……」

 ランティスとて、他に思いついたことが無いわけではない。だがしかし、修学旅行なんかの

気心しれた仲間内ならともかく(答えるかどうかはまた別問題として)、よもやこんなところで

そんなコトを尋ねられると誰が思うだろう。

 

 時折男の子っぽくなる話し方なのに、これ以上はないぐらい『あどけない』という言葉が

似つかわしいあの少女と、いっぱしの恋人らしく振る舞っていた彼が蓮は酷く羨ましかった。

きっとこの少年は誰の目を憚ることなく、そして気負うこともなく、大切な存在を自分で護る

という、男としてごく当たり前のことをやっているに過ぎないのだろう。役者としての性(さが)で

あるのも偽りではないが、そうしたくても出来ないもどかしさが、少しばかり意地の悪い質問に

なって口をつく。

 誰より大切で、誰にも渡したくなくて、これまで『敦賀蓮』を律し続けてきた重い手枷よりも、

激しく心揺さぶるその存在とともに在りたいと切望する傍らで、それが彼女を汚すことには

ならないかと躊躇ってもいる。

 それ以前に、かつて想い続けて尽くした男に『地味で色気のない女』呼ばわりされたあの

娘は、一番無条件に愛してくれるはずの存在に拒まれ続けたせいもあって、誰かを愛する

ことはもとより、自分が愛されていることにすら頑ななまでに気づかない。

 もしかしたら気づいているのかもしれないが、固い貝殻に閉じ籠るが如く、ヤマアラシが

身体中の針を逆立てるが如くに、その傷ついた心を防御している。

 蓮とキョーコより障壁の少ない二人に嫉妬も少々感じつつ、なんとなく微笑ましい二人の

背中を押してやりたい気持ちも偽らざる本心だった。

 

 「キスするにはかなりつらい身長差だよね。ソファーに並んで座っているならまだしも、

立ってると『ふと視線が絡んで…』なんてシチュエーションは絶望的になさそうだし…」

 「・・・・・」

 リアクションがないことを不審に思った蓮と社がランティスを見遣ると、『今、耳に届いた

言葉を理解出来ない…いや、したくない』といった表情のままフリーズしていた。

 「あれ?どうしてそんなに固まってるの?ハグしてキスなんて、親しい間柄なら当たり前

だろう?」

 「…日本では…当たり前じゃないと思いますが…?」

 ようやくそれだけをランティスが搾り出した。

 「あー、まぁ俺も外国人モデルとの仕事の時にすることが多いんだけどね」

 「日本人のヒカル相手に応用は無理ですね」

 「そうでもないだろ?君がやる条件は満たしてるんだから」

 「蒼い目に誤魔化されてませんか?俺の国籍は日本ですよ」

 「普段国籍を気にして生活…、このケースに絞れば恋愛してる訳じゃない。海外で

暮らしたこと、一度もない?」

 「いえ、小・中学校はイギリスにいましたが」

 「向こうではよくある光景だろ?友人然り、恋人や家族ならなおさら」

 友人とはあまりスキンシップ豊かではなかったランティスも、確かに祖父母とはそう接して

いた。

 よくよく考えてみれば、自分は必要以上に(いや自分には必然だったが・汗)、過度に光に対して

触れてしまっていたのだろうかと、慌ててこの一年を振り返っていた。

 眉間に皺を寄せて固まっているランティスを見て、蓮がくすりと微笑った。

 「当たり前じゃないと言いつつ、その顔は身に覚えがありそうだね」

 「いくらなんでもキスまではまだ……っ」

 うっかり語るに落ちてしまい、ランティスは慌てて視線をそらしていた。人当たりが良さげ

なのに、見透かすような蓮のこの性格の悪さはどうにも兄・ザガートに重なってやりづらくて

仕方がない。

 「キス 『は』 まだなんだね?」

 キュラキュラ眩しい笑顔を浮かべる蓮の傍らで、社がぐふふふふふぅとドラえもんのごとき

笑い声を立てていた。

 「そうかぁ、そうだよなぁ。相手は去年の今頃まだランドセル背負ってたんだもんな。そりゃ

なかなか攻められないよね、苦労してるんだ」

 少しばかりホッとしたような社にぽんぽんと肩を叩かれて、ランティスは頭を抱えたくなって

いた。光がスタジオ見学をしたがっただけなのに、その光のガードにきただけなのに、どうして

自分がこんなところで芸能人におちょくられなくてはならないのかと、我が身の不幸を呪いたく

なっていた。

 「彼女のような純粋培養タイプはなかなか目覚めないよ。今のうちから積極的にアプローチ

するのがいいね」

 どこかにもそういうタイプが約一名いるし…、と蓮が心の中で付け加えた。

 「『光源氏大作戦』は男のロマンだもんなぁ。一度は育ててみたい『紫の上』ってね」

 社がしみじみそう言った横で、いまひとつ意味が解りかねた蓮は、あとで検索しようと頭に

メモっていた。

 「お待たせしてすみませーん。こっちのほうがもう少しだけ大きいはずなんだけど、どう

かしら…?」

 メイク担当の女性が戻ってきたところで、大人の男二人が口を閉ざしたので、ランティスは

ホウッと安堵のため息をこぼしたのだった。

 

                                          2012.3.14 up

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 レミュエル・ガリヴァー…ガリヴァー旅行記の主人公

 

 ―― 遠雷 E・N・R・A・I ―― の本編中にあった敦賀蓮氏の指南の全容です(笑)

 なかなか原作版モードにもどれなくてすみません(汗)

 

 

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