太陽のリング

 

 「ご馳走様でした。行ってきまーす!!」

 食べ終えたお茶碗を流しの前にいる母に預けるが早いか、光は玄関に

置いていた鞄をひっつかみ、猛然と飛び出していった。

 ぎりぎりまで寝るつもりでいた翔がガラガラピシャンという音に叩き

起こされている。

 「……なにごと?雷でも落ちた……?」

 一足早く起きて制服を着込んでいる優が、窓の外を見て答えた。

 「天気は悪くないよ。今のは光が出てった音。年代物の硝子戸なんだから、

しまいにゃ割れるってのに…」

 「んが…。まだ6時前じゃねーか。学校指示で今日は全クラブ朝練中止

だって忘れたのかよ、光のやつ」

 「だから早くに出掛けたんじゃないか?昼休みの放送でもヘビロテだったろ、

ドリカムの『時間旅行』…」

 「あー、金環日食か。あんなモン食えねーよ」

 「ゴールドリングなんつっても相手がいなきゃロマンチックもへったくれもない

もんなぁ…。兄さんも早々に出掛けたよ」

 お相手がミス聖レイアとあっては、こういう日に誘いもしないなんて選択肢は

ないのだろう。女を寄せつけない硬派という訳でもないが、以前の覚からは

想像もつかない。まあ、高校生活も最終学年なのだから今のうちに満喫

すればいい。

 次第に頭がはっきりしてきた翔の目が虚空の一点を見つめていた。

 「………で、光はなんでこんな時間に出てったのさ?」

 「そりゃ兄さんと同じ理由だろ。どこかで副会長と二人で見るんじゃない?」

 「わあああああ!!なんでそんな呑気に構えてんだよ、優にぃっ!!」

 「俺も金環日食見るから光のこと構ってられないよ」

 「……まさか、女と……?」

 おそるおそる訊ねた翔に、優は不本意そうに言った。

 「誘えるコが居なかった同じクラスの連中と!悪いか!?」

 「んにゃ、悪くない。くっそー、出遅れたよなぁ……。どさくさまぎれに光に

プロポーズなんかしたら、先輩でもシメる!!」

 握り拳を振り上げる弟に、「いくらなんでもまだそれはないんじゃない…?」と

苦笑いを零しつつ、時計を見た優は朝食をかき込むべく居間へとすっ飛んで

いった。

 

 

  

 「おはようございます!」

 「おはよう。迎えに行くと言ったろう?」 

 駅までの途中で出逢ったランティスと並んで歩く光は、遠足に行く子供のように

飛び跳ねていた。

 「だって、待ち切れなかったんだもん!いつも送ってくれる道から来るはずだし、

優兄様や翔兄様がブツブツいうから」

 「…何か言われたのか?」

 「ううん。優兄様と翔兄様が起きて来る前に出てきちゃった。えへっ」

 ランティスは少しかがむとぺろりと舌を出した光の手から鞄を引き取った。

 「あのっ、自分で持てるよ!…あれ、ランティス、自分の鞄は?」

 「置いてきた」

 「どこに!?」

 「学校に」

 「ほへっ!?もう寄って来たの?」

 「家から駅に突っ切る途中だからな」

 聖レイア学院創始者一族であるランティスの自宅は学院敷地内にある(という

よりも一族の所有地の一部が学院に供されているというべきか)。

 正門と裏手の通用門の鍵を持っているなら学院を突っ切るのが一番早くに

着けるだろう。

 「ちょっと曇ってる…?金環日食になるまでに晴れればいいなぁ」

 「そればかりは断言出来ないが、遠足や運動会は晴れるほうか?」

 「う〜ん、だいたい晴れてた気がするけど…」

 「なら大丈夫だろう」

 「学校で見るんだよね?」

 「ああ。日食観測の為に部活を中止にした上で早くから開門してるからな。

うちの理事会は妙に砕けてる…」

 「あはは、だよね。覚兄様は一足早く出掛けたよ。鉢合わせしちゃうかな?」

 「それはない」

 「そうなんだ」

 自分自身も面映(おもはゆ)いが兄が特別な人と一緒にいるのを見るのも

どうにもこそばゆくてしかたがない光はほっと息をついていた。

 

 

 

 光自身はほぼ毎日朝練があるのでいつもより二本早い電車という程度だが、

最寄り駅に近づくに従って普段はギリギリセーフの時間にしか来ない生徒も

ちらほらやってきていた。

 「結構増えてきたね」

 「まあ、滅多に見られるものじゃないからな」

 「本州で見られるのは1883年以来なんだって!次は2030年の北海道までないん

だよ!?それでも翔兄様は寝てるほうがいいって、冷めてるよね」

 ランティスにしても別段ライブで見るほどの関心はなかったのだが、『日食観測

グラス買ったよ〜!』と写真入りでメールをしてくるぐらいだから、これは誘うべき

なのかもしれないと水を向けたのだった。

 

 

 

 聖レイア学院前駅から学院に向かう途中は、普段の登校時間並みに生徒が

あふれていた。

 「光、おはよー!」

 「ランティス先輩、おはようございます」

 「おはよっ!早くいい場所確保しないと、見そびれちゃうよ」

 「おはよう。ちゃんと日食観測グラスは使えよ」

 「「はーい!」」

 

 

 

 正門をくぐり校舎に入っていく生徒らをよそに、ランティスは校庭脇の通路へと

歩いていく。

 「あれ?3年生の教室か屋上に出るんじゃないの?」

 「来ればわかる」

 くすりと小さく笑うと、ランティスは光に手をさしのべた。

 

 

 

 「懐かしいなぁ・・・」

 ランティスが開錠した特別校舎に足を踏み入れた光がぐるりと見回していた。

 「前ほど埃っぽくないね」

 「建物保存に向けて調査が入ったからな。小奇麗になった」

 「取り壊さないんだね!よかった…」

 風情のある校舎であるという以上に、二人にとっても想い出のある場所だ。

 最上階まで上がると、雲の切れ間から陽が差し込んでいた。

 「あと2分ほどだな」

 「ちょっとぎりぎりだった?メガネ、メガネっと」

 光がごそごそ鞄から日食観測グラスを取り出していた。

 「ランティスも持ってる?」

 「ああ」

 胸ポケットから取り出した平べったい観測グラスを軽く振って光に示す。

 「もう少し!もう少し!!」

 観測グラスをかけて窓際にかじりつく光の口から、昼休みの放送でかかっていた

あの曲が零れだす。よく考えれば二人とも生まれる前の懐メロということになるが、

そんなことは少しも気にならなかった。

 口ずさむ光に合わせてランティスがそろりとピアノを重ねると、光が驚いたように

振り返った。

 「あれっ、楽譜持ってたの?」

 「いや…昼休みの放送で聞き覚えた。よそ見してると見逃すぞ、ほら」

 手は休めずに、顎をしゃくってランティスがさししめす。

 「わぁ、太陽のリングだ……!すごいね、ランティス。ホントに指輪みたいに

なっちゃってるよ」

 「・・・・・」

 

 その環が途切れ始めるまで飽かず眺めていた光がにっこりと笑った。

 「特等席と素敵なBGMありがとう」

 光の左手をそっととってランティスが小さく苦笑する。

 「・・・本当は記念に指輪を贈りたかったんだがな・・・」

 「ゆっ、指輪っ!?そ、そんなのまだ早いよ!だって、私、まだ中学生だしっ」

 光は熟しきった林檎のように真っ赤になっている。

 「サイズが判らなかったのと邪魔が入ったから断念した…」

 たまたま入ったジュエリーショップでよりによって覚に出くわすなんて、ツキが

なさすぎるとランティスが大きくため息をついていた。

 「??? ・・あのさ、もうリング貰ってるよ?」

 「?」

 不思議そうな顔をしたランティスの前で、光はごそごそと鞄からあるものを取り

出していた。

 「ほら、これ!!私だけの特大のリングだよ!」

 光が環の途切れた太陽にそれをかざすと、真珠色にきらきらと輝いていた。

 「竹刀の鍔か・・。どうしてそれを?」

 去年の球技大会の頃、ハチマキと交換にランティスが贈った真珠色の竹刀の鍔

だった。

 「先週、高等科の先輩に手合わせしてもらったときに欠けさせちゃって…。荷物が

多くて竹刀持って帰れなかったから、放課後までに自分で取り替えようと思って

持ってきたんだ。今日から使わせていただきます!」

 「中学のうちでないと使えないからな」

 「これは欠けさせないで卒業まで使いたいなぁ」

 「気にすることはない。日々の鍛錬の結果なんだから」

 「でも・・・」

 「そろそろ校舎に戻るぞ。お前の兄貴たちに騒がれそうだからな」

 「あははは。はーい」

 ランティスがグランドピアノの蓋を閉めるのを待って光がこそりと腕を絡めると、

二人は特別校舎の螺旋階段を下りていった。

 

                                       2012.5.22up

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タイトルはもちろんドリカムさんの『時間旅行』の一節から。

5.21に日食を観測しながらふと思いついたのは別カプでしたが、

そこまで手に負えないのでラン光だけ〜♪

(さすがにその日のうちにupは出来ず…orz)

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