少 年 A の 憂 鬱

 

 

 「お前なぁ、いつまで洗面台の占領してんだよ!俺も歯磨きして寝たいんだ」

 その夜、アスコットは普段の三倍の時間をかけて歯磨きしていた。

 「まだ、朝飯と昼飯食うんだろが。それからやれよ」

 「学校でフロスまでやれないじゃないか」

 「たかが歯医者だろがー、ったく…」

 アスコットを押しのけ自分の歯ブラシを軽く濡らすと、歯磨き粉をにゅるりと

捻り出してフェリオはその場を離れた。

 

  引きこもり系人見知りなので、どんな場所や人であれ初めてのことには酷く

緊張して眠れなくなる。寝付けないまま二時半を過ぎてしまったのを確認して、

アスコットは時計に背を向けていた。

 

 

 

 

 「書くこといっぱいあるんだなぁ、問診票って…」

 「なにか難しい言葉はある?ちゃんと答えられる?」

 鬼瓦歯科医院の玄関先で見捨てることなく、海がアスコットに付き添っていた。

嬉しい反面、間違っても情けない悲鳴を上げるわけにはいかなくなってしまった。

 「全部書けたら受付に出すのよー」

 「うん」

 かいがいしく面倒を見ている海に、顔見知りの歯科受付嬢が笑いかけた。

 「龍咲さん、姉さん女房みたいですよ?」

 「しょうがないじゃない?二つ下なんだもの、このコ」

 自分が年下であることをいつ海に知られたんだろうと不思議に思っていると、

診察室から赤紙…ではなく、呼び出しが来た。

 「…アスコット・デル=ソルさん、お入り下さい…」

 どこかで聞いたような声だと思いつつ、「こちらへどうぞ」と招く歯科助手の

女性についていく。

 ブースの一つに案内されると「掛けてお待ちくださいね」と歯科椅子を倒して

告げて、助手嬢は去っていった。

 歯の状態を診る為のレントゲン撮影がまだなのにと思いながら、アスコットは

今頃になって襲いかかってきた睡魔にぐいぐい引き込まれ始めた。

 「うー、眠い…。オニ…、じゃなくて大先生来るからダメだ…」

 ふーっと意識が遠のいたのはどのぐらいの時間だったろうか。

 シュイーーーンともキュイーーーンとも形容しがたい音が鼓膜を刺激し、

アスコットの腕がゾワゾワっと鳥肌立った。

 「誰がここで寝ていいと言った……さっさと口を開けろ…」

 「す、すみません」

 むにゃりと呟き眩しさを堪えて目を開けると、無影灯を背にした黒髪碧眼の

大男が右手に回転するドリルを持ってアスコットを見下ろしていた。マスクを

していてはいたが、見慣れた相手なのでその正体はすぐに看破できた。

 「なっ、ななっ、なっ、なんでランティスがそんなモン持ってるのさ!?

お、おかしくないか!!??」

 迫りくるランティスにアスコットは抵抗を試みるが、身体が拘束されたように

動かない。

 「心配いらん。全身麻酔済だ…」

 全身麻酔ならアスコットが起きてることがおかしいだろうし、麻酔が効いて

いないなら、それはそれで恐ろしい。

 「ま、待てったら!ランティス、いつ歯医者になったのさ!?まだ大学も

行ってないじゃんか」

 「これが初めての実地研修だ。気にするな」

 「気にするよ!そのドリル、止めろったら!!」

 悲鳴などまるで聞こえないというように、耳障りな音を立てるドリルを手に

ランティスはずんずんアスコットに迫ってくる。

   「うわー、やめろったら!ぎゃーー!」

 待ち合い室に海が居ることを気にする余地もない情けない限りの悲鳴を

アスコットは上げていた。

 

 

 

 

 

 「うっせーぞ!アスコット!!何寝ぼけてんだっっ!」

 バンっと断りもなく開いたドアから、ベッドにボーッと起き上がっていた

アスコットの顔目掛けて枕が飛んできた。

 「わぷっ!…え?ここ、うち…?」

 「完っ璧、寝ぼけてるだろ…。まだ四時だっつの。せっかくフウとイイ感じ

だったのに、よくも邪魔してくれたな、お前」

 「ただの夢だろ?本物のフウと仲良くやってんだからいいじゃんか…」

 「そのただの夢で悲鳴上げてる奴が言うか?このネタ、ウミに売っちまうぞ」

 仲違(たが)いしてる訳ではないものの、ここ数日の風との遭遇率が高くない

フェリオはやつあたり気味に意地が悪い。

 「勘弁してよ。人生初歯医者だけでいっぱいいっぱいなんだからさ…」

 「俺の歯医者通いについてきてたろ?あんな悲鳴上げるほどのもんでも…」

 呆れ返ったフェリオにアスコットはばふんと枕を投げ返した。

 「電源オンのドリル持ってランティスが迫ってきてみろ!!フェリオだって

おっかないに決まってるって!」

 「ランティスぅ?なんでランティスなんだよ?」

 素っ頓狂な声を上げたフェリオが目をぱちくりさせている。

 「知るもんか!僕が頼んで夢に出てもらってるんじゃないんだから」

 「あー、そういや、あいつ、インプラントロジーの本とか読んでたっけな…。

そのくせ進路ははぐらかすし。よし!全部ヤツが悪いってことにしといてやる。

寝直すから、今日は十時ぐらいの登校にしようぜ。麻酔とかあるかもしれないし、

お前もも少し寝て体調整えとけよ?」

 「うん…」

 

 

 

 

   ――少年アスコットの運命が悪夢以上なのか以下なのか判るまで、

                  あと半日…………

 

 

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                このお話の壁紙はさまよりお借りしています

 

 光ちゃんの誕生日記念なのに、なんて色気のない話だ・・・。ま、中学生ですからね。

日常はこんなもんでしょう・・・・と居直る。

 

  二日遅れで、光ちゃんハピバ☆彡  ★彡  ☆彡  ★彡