聖レイア学院高等科進路調査票 

    〜 Aquarius≪宝瓶宮 ≫α ランティス・アンフィニ 第五回分〜  

 

 夕暮れ迫る聖レイア学院の図書館の窓際の席で黄昏れている生徒がいた。高校生活も折り返しを

迎えた二年の秋にもなれば、学食のAランチ(日替わりメニューの為、食券の自販機には当月献立が貼り出されている)のごとく

取っ替え引っ替えな者と、模試の成績を睨みながら目標に邁進する者とに二極化するものだが、黒髪

碧眼の長身の男子生徒はそのどちらでもなかった。

 「あ、いたいた。お待たせ♪」

 実力テストの為に部活は休みだったものの、日直の仕事を片付ける光はランティスと図書館で待ち

合わせていた。

 机の上に置かれたプリントを光が覗きこむ。

 「第五回進路調査票……。覚兄様も持ってたっけ」

 覚はランティスと同じクラスにいるのだから、当然貰っているはずだ。ついでに言えば、提出期限は

とっくのとうに過ぎていた。

 「…でもそんなメモは付いて無かった気がするんだけど」

 「サトルは説教食うまでもなく書いてるだろう」

 見られても一向に構わないとでもいうように、ランティスはプリントを光のほうへ滑らせる。

 「『君の成績なら東大でもオックスフォードでもMITでもよりどりみどりだろうが、一応形式だから一度

くらいは提出しなさい  進路指導主任  豊田』……過去四回出さなかったってこと?」

 「決まらないものをどう書けと?」

 いかにも面倒臭いという顔のランティスに光がポリポリと頬を掻いた。

 「えーっと、高等科みたいに毎学期って訳じゃないけど、中等科も年に一回書くんだって。将来やりたい

仕事に向いた学部とか…、数学得意だからとにかく理数系とか、みんなちゃんと書いてたよ?」

 「特に得手不得手はない」

 得手不得手はないといいつつ、学年三番以内にいるから始末が悪い。学費免除の特待生の覚は年間

トータルで学年首席をキープしているが、ランティスが真面目にやる気を見せればかなりきわどいことに

なると零していたことがある。風の姉の鳳凰寺空も同じ学年だが、最近は学科よりピアノの練習に時間を

多く割いているらしかった。

 「なりたい職業って無いのか?」

 「それもない」

 まるで他人事のような風情のランティスに困っていた光の表情がぱあっと明るくなった。

 「ランティスにうってつけのお仕事があるよ!それ貸して♪」

 所在なげにくるりくるりと回していたシャープペンシルをさっと借り受け、代わりに光が書き込んでいた。

 「…却下…!」

 「えーっ、スッゴくぴったりだったのにぃ…」

 散々せっつかれた挙げ句に書いたのが『ぺんたろう専属通訳』では、進路指導主任の血圧が跳ね

上がること請け合いだ。

 「ランティスが通訳になるなら、私はSPに応募しよっかな。そうしたら二人一緒にお仕事出来るよ」

 光が来年の進路調査票にそんなことを書いたなら、間違いなく二人とも親を呼び付けられるだろう。

 光の書いた文字ではあるが、名残惜しさも見せずにランティスが消しゴムをかける。

 「お前、筆圧が高いな…」

 しっかり消したつもりだが『ぺんたろう専属通訳』の文字のへこみ跡が残っていた。

 「うわぁ、ごめんなさいっ。覚兄様のと取り替えてくるよ」

 「いやいい。老眼で気づかんだろう」

 しょんぼりとした光の紅い髪を、ぽむぽむと軽く叩くように撫でている。

 「ランティスの兄様は留学しちゃってるんだっけ?」

 「ああ。初等科中等科とイギリスにいた俺と違ってずっと日本だったからな。見聞を広げる為に…。

向こうにいる母方の祖父母も老いてきてるから、誰か国内にいるほうが心強いようだ」

 『ついでに嫁さんを見つけた』というべきか、『婿に取り込まれそうだ』というべきか判断に困る辺り

だったので、ランティスは言葉にしそびれていた。

 「…留学しちゃうの…?」

 ようやく立ち止まってくれた誰かに捨て置かれた仔猫のような瞳をした光の頬に、ランティスが

優しく触れる。

 「まだ何も決めてない。だからそんな顔をするな」

 らしくもなく目が潤んでくる感覚に、光はふるるるっと首を振った。

 「ダメだよ、そんなの。先輩の一生を決める大切な進路だもん。私のことなんかに左右されちゃ

ダメだ!」

 「……≪先輩≫…?」

 「あのっ、えっと、ランティスっ!今そういう揚げ足取りするとこ!?」

 ぷうっと膨れっ面をした光に、ランティスがくすりと微笑う。もし思うところがあるにも拘わらず

光の為に止めたとあっては、ただの重荷にしかならないだろう。だが今現在全くもって白紙の

状態にあるランティスからしてみれば、考慮に入れて何がいけないのだとさえ感じていた。

 だからといって、あえてそれを光に知らせる必要もないが。

 「…サトルはやはり獅堂流の総師範を継ぐのか?」

 ランティスの話をしているのに、いきなりかわされた光が目をぱちくりとさせる。

 「覚兄様?…そうだと思うけど、体育大学には行かないみたいだよ。国立文系、法学部志望の

はずだけど、この間MBA取得のなんとかって雑誌見てたっけ」

 「MBA?法学部とは畑違いな気がするな。経済学部か経営学部あたりか」

 「あははは、よく判んない」

 中等科一年の光には確かにまだピンと来ないだろう。

 「なりたい職業はあるのか?」

 「ん〜、幼稚舎の頃は王子様になりたかったんだ」

 「……姫じゃないのか…?」

 「うん。制服以外はずっと兄様のお古ばっかりだったし竹刀振り回してたから、幼稚舎の友達の

エスコート役ばっかりしてたんだ。初等科に上がってからは盲導犬の育成に関わりたいなって思ったり。

でも盲導犬とか介助犬って人の役に立つ為に凄く頑張ってるから、犬さんたちをケアしてあげるお仕事も

いいかもしれないとか…。癒しといえばぺんたろう専属の…」

 「それは却下!」

 光の言葉をみなまで聞かず、ランティスが頑として言い放つ。

 「遊園地が職場って楽しいかなって…。ダメか?」

 光が本気で言っているならどうやって翻意させればいいだろうかと、ランティスは自分の進路以上に

頭を抱えこんでいたのだった。

 

 

                                                 2011.11.22 up

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