決戦は月曜日

 

 毎日のように待ち合わせて登下校する時間。当たり前に感じはじめた矢先に失ったその時間は、

ふたたび手にしたいまではとても贅沢なものに思えた。

 まだ通勤通学客もまばらな早朝の駅。改札機から少し離れた柱の傍で待つ、燦々と降り注ぐ陽の

ひかり色の髪と鮮やかな新緑の瞳を持つ少女の姿に自然と笑みがこぼれた。

 「よっ、はよっす!」

 「おはようございます、フェリオ先輩」

 「フウ…!?」

 風のほうから折れてくれたような形なのにまだ先輩呼ばわりなのかとフェリオが戸惑い顔になる。

 「…薔薇園で翠玉の指輪をお断りした気持ちに変わりはありません。ですがフェリオ先輩のことを

もっと知りたいと思う気持ちと、私のことももっと知っていただきたいと思う気持ちなら、他の方に

負けないと思います。・・・それではお嫌ですか?」

 水面下で見合い話を持ち込まれる心配も消え、風がフェリオを理解したいと言ってくれるなら、

それ以上何を望むことがあるだろう。イノーバの言うとおり、焦らず二人の時間を重ねていけば、

きっとそれは未来に繋がっていくはずだ。

 「嫌なんかじゃない!フウがそこにいてくれるならそれで充分だ。けど、その『先輩』だけは、

なんとかなんないか…? どうも突き放されてる気分になっちまう」

 決まり悪そうに頬の傷跡を掻くフェリオに風はにこりと笑みを見せた。

 「海外で過ごしている時は気にならないのですが、日本にいる時に目上の方を呼び捨てるのは、

本当はとても勇気が要りますのよ?」

 「そうなのか?けどなぁ…」

 「ランティス先輩は光さんに『250人いる先輩のうちの一人扱いは嫌だ』みたいなことをおっしゃった

ようですけど、同じお気持ちなのでしょうか?」

 あの朴念仁がそこまで言ったかと目を瞠りつつ、同じと答えるのは何だか癪(しゃく)だった。

 「他のヤツと同列なのが嫌なんじゃない。フウの特別でいたいだけだ」

 「……。意味するところは変わらないように思うのですが…」

 小首をかしげた風の肩をさり気なく押してフェリオが笑いかけた。

 「細かいこと気にするなって。朝練、遅れちまうぜ?」

 「それは困ります。今週は私が鍵当番なんです。皆さんを待ちぼうけさせてしまいますわ」

 「やべっ、もう急行来るから走るぞ!」

 学期始めで嵩張り気味の風のサブバッグを肩に掛けたフェリオが走りだす。

 「待って下さい、フェリオ! そのバッグにはパスケースが有るんです」

 先に持って行かれては風が改札機を通れない。

 やっといつものように呼んでくれた風の右手をフェリオはしっかりと掴んだ。

 「一緒に行けばいいのさ」

 自動改札機にとうせんぼされない程度には落ち着いて、二人はホームへと消えていった。

 

 

 

 

 制服姿で鞄も持っているのに聖レイア学院前方面と反対向きの列車に乗っているのは

なんだかくすぐったい。

 「サボってるみたいな気になるよな」

 フェリオも風と同じように落ち着かない気分らしい。

 「ほとんどの方が学院で観測されるみたいですものね」

 学校で観測するであろう生徒たちが、逆方向の車窓に風とフェリオを見つけて不思議そうに

眺めていた。

 「そうなのか? アスコットも違うトコに誘ったみたいだったぜ?」

 恥ずかしがり屋のアスコットのこと、海と二人でいるところを同級生に見られるのを避けているに

違いない。

 「降りるぞ、フウ」

 前にこの駅に来た頃のフェリオは自動改札機にもおっかなびっくりだったのに、いまではすっかり

電車にも慣れていた。

 「あれから一年が経ったんですね…」

 ルノアール展を一緒に見に来た美術館のある森林公園まで二人は足をのばしていた。

 あの時なかば待ち伏せていた学院の女生徒たちを振り切るように駈けた小径を、今日は誰にも

邪魔されずに歩いていく。

 「もうすぐ食の入りですわ」

 花束のブローチをもらったのもこの辺だったようなとちらりと思いながら、風は日食観測グラスを

鞄から取り出した。

 眼鏡っ娘の風は平べったい板を眼鏡の前にかざすが、フェリオはMIBより濃い眼鏡をずらして

かけて、太陽撮影用フィルターと三脚を装備したデジタル一眼レフを最終調整していた。

 「まぁ、本格的ですのね。フェリオに写真の趣味があるなんて存じませんでしたわ」

 「いや、イノーバに借りただけなんだ。セフィーロは観測エリアから外れちまってるから、上手く

写せたら姉上にも送ってやろうと思ってさ」

 「お姉様思いなんですね」

 うっかりするとフェリオのほうが年上に見えてしまいそうな、可憐な女性(ひと)だったわと、風が

くすりと思い出し微笑いをしていた。シスコンだとでも思われただろうかと、焦ったフェリオが慌てて

言い繕う。

 「セフィーロじゃ百年以上先にしか金環日食は見られないっていうから…」

 その慌てぶりがなんだか微笑ましくて風はひとつこくりと頷いた。

 「綺麗に撮れたら、私にもくださいますか?」

 「お、おう!もちろん! …欠けてきたぞ、フウ」

 欠けていく太陽を二人は飽かずに見上げていた。次に日本で見られるのは2030年の北海道だと

光が言っていたが、その時はいったいどこにいるだろうと、風は遥かな未来に想いを馳せる。

 「綺麗なリングになりましたね…」

 ちょうど薄雲が切れたあたりで、太陽と月が地球に贈る指輪が天空に浮かんでいた。

 「一緒に見られて良かった…。金色の指輪をフウに贈りたかったから…」

 さらりと気障なことを口にするフェリオに真っ赤になった風がせかす。

 「フェリオったら、早くシャッターを切らないと金環日食が終わってしまいますわ!」

 「大丈夫だって」

 カシャカシャカシャカシャと連写モードのシャッター音が静かな森に響いた。

 撮った写真を確認し、環が途切れ始めたところでフェリオが大きな伸びをしてあたりを見回した。

 「こういう草っぱら見るとさ、四つ葉のクローバー探したくならないか?」

 「探したくなるんですけど、見つけたためしがありませんわ。やっぱり視力の良さに左右されるの

でしょうか?それとも幸運になれる方にしか見つけられないってことなんでしょうか…?」

 「な、もうちょい時間あるだろ? 探してみようぜ!ひとつ目はフウにやるよ!!」

 言うが早いか屈み込んで探し始めたフェリオに、腕時計を見た風がくすくす笑っていた。

 「5分だけですよ?」

 スカートの裾を気にしながら、風も足元の緑に目を向ける。たくさんの葉がそよぐ風に揺れて、

さざなみに囲まれているようだった。

 懸命に目を凝らしてみても風には四つ葉のクローバーを見つけられない。金環日食の特別対応

とはいえ、二限目に遅れては委員長として示しがつかない。もうタイムリミットだ。

 「フェリオ、そろそろ学校に…」

 「フウ! こっちこいよ!」

 「見つかったのですか?」

 フェリオに近づいた風がそこらあたりを見回すが、どれが四つ葉だか判らない。

 「目ぇ、つぶって。手を出してみな」

 「ええっ? ・・・・はい」

 まさかカエルを載せるような子供じみたイタズラはないだろうと、言われるままに目を閉じる。手の

ひらに小さくひやりとした物を感じて、風の小指がぴくんとはねた。

 「もう開けていいぞ」

 そこにあるのは陽ざしを受けて金色に煌めく四つ葉のクローバーのフォルムを宿した指輪。薄い

緑のペリドットと濃い緑のグリーンクォーツが二つずつ、交互に嵌め込まれている。

 「そいつは曰(いわ)くつきじゃないぞ!給料三ヶ月分…は無理だから、バイト代三日分ってとこ

だけど…。外のバイトは高校生以上なんだな、ニッポンって。だからイノーバにこき使われてきた。

……そういうのも嫌いか……?」

 物の価値で言えば、あの日フェリオが持ってきた指輪のほうが遥かに勝るだろう。それでも風は

フェリオ自身が風の為だけに苦労して選んでくれたファッションリングのほうがずっと嬉しかった。

 「とても可愛らしくて大好きですわ。学校では叱られますけど、少しだけはめてみたいんです。

お願い出来ますか?」

 「お、おうっ!」

 指輪を手にしたフェリオが少しばかり緊張した面持ちで風の手を取る。ゆっくりお友達から始める

のだから左の薬指は図々しいだろうと右の薬指にはめようとしたが、途中でつかえてしまっていた。

 「まぁ…、私、ぽっちゃりしすぎなんでしょうか…」

 「いや、違うっ! 俺がちゃんとサイズ判ってなかったからだ」

 風より小柄な姉のサイズを参考にしたのは間違いだったと焦るフェリオに、風がくすりと微笑った。

 「あの…利き手の右よりは、左手の指のほうが細めかもしれません」

 「そ、そうだな」

 中指を試してみるがあっさり関節に阻まれ、ままよとばかりに薬指にはめるとそのままするりと

収まっていた。

 「誂えていただいたようにぴったりですわ。ありがとうございます」

 「そこで…いいのか?」

 「他の指には合わないようですもの。遅刻しないように、そろそろ参りましょう」

 「ああ!」

 

 差し出された四つ葉が煌めく左手をきゅっと握ると、晴れやかな顔をして空を見上げたフェリオは

風と歩きだした。

 

 

                                         2012.7.31 up

   SSindexへ                                                                                                                            2012.12.12 風誕、一般公開

 

☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆

 

 

                このお話の壁紙はさまよりお借りしています

       

今頃なぜか2012年5月の金環日食ネタでございます。

実は『太陽のリング』を書くに当たって最初に思いついたのはこちらのカプ。なんたって金の指輪が公式アイテムですから。

だけど「うちはラン光サイトなんだーっ!」と踏ん張って、先にラン光で書きました。

アス海もラストシーンだけは思いついてるんだけど、時間取れないので放置でしょう。

パラレル版で名前しか出てなかったイノーバがしゃしゃり出たおかげで、えらく長くなっちまいました。いやーねぇ…。

設定上、ザガートさんを「猊下」と呼ぶことはないので、エメロードさんを「陛下」と呼んでます。

 

タイトルは「太陽のリング」からドリカムさんつながりで、「決戦は金曜日」のひねりです(^.^;