on your birthday vol.2
「今年の風ちゃんへのプレゼント、何にする?」
ランティスからもイーグルからもこれといった情報を仕入れられなかった光は、海の家にお邪魔して相談していた。
「セフィーロでお祝いするんだから、それっぽい物がいいんだけど…。ブイテックのケーキでも焼くかな」
「う…。飾り付けの役にも立てないよ、私…」
「セフィーロの物に関しちゃランティスのほうが詳しいでしょうが。聞いてみなさいよ」
海がそう言った途端、光の顔は物の見事に真っ赤になっていた。あまりの赤面ぶりに、海が面白がって光の
脇腹をつんつんとつっついた。
「なぁに〜?なんでそんなに真っ赤になってんのよ。怪し過ぎるわ。そんなにキワドイお勧めだった訳?」
「キワドイ…かな…?あははは、えっと、その…」
海の厳しい追及の前に、光が抗しきれる筈もない。
「あのね、『セフィーロにしかなくって、風ちゃんが一番喜ぶモノって、思いつく?』って聞いたんだ…。そうしたら
即答で、『王子』って…。素の顔で言ってたから、真面目に答えてくれてそれなんだ、って…うーん…」
ガールズトークでもパーティージョークでもなく光にそんな答えを返すなんて、やっぱりあの朴念仁は海の理解を
超えている。
光のことだからどうせそのままフリーズしていたに違いない。アスコットが海にそんな答えをしようものなら、
軽くひっばたかれていただろう。
「あの、さぁ…、あんまり口出すこっちゃないと思うんだけど、その……たまってるんじゃない……?」
切り出しにくそうにそう言った海に、光がしばし考え込む。
「んー…。学費でしょ、教材費でしょ、交通費でしょ…。そんなにバイト代残らないから、貯金なんてとてもとても…。
家教の掛け持ちしてるコは実入りいいけど、保育園じゃね…。まぁ、実地の勉強させて貰ってるだけでありがたいし。
どしたの海ちゃん?頭痛いのか?」
眉間を押さえている海を気遣わしげに光が覗きこんだ。
「ちっがーう!!なんで私が光の貯金の心配するのよっ!いま、ランティスの話してるんでしょうがっっ!!」
「ランティス?」
「そうよ!ランティスがため込んでるんじゃないかって話!」
「どうなんだろう…。そういう話したことないんだよね。セフィーロ唯一の魔法剣士って、資格給とかつくのかな?
城仕えなんだから悪くはないと思うけど…。お酒飲まない(いや、飲めない)し、部屋で篭ってる人だから散財しないんじゃ
ないか…と。…う、海ちゃん…?」
海が睨んでいるのに気づいて、光が幾分ひるんだ。
「あのね〜っ、ランティスの懐具合も私ゃどうだっていいわよっ!あんな答えを素で返すなんて、フラストレーションが
溜まってんじゃないかって聞いてるの!!」
「フラスト…レーション……って……!!え゛え゛え゛ーっ。…そうなのか?!」
「だから私に聞くなーっ!」
この天然系恋愛うすぼんやり娘の光をあの朴念仁がどうやって口説き落としたのか、いまからでも一部始終を
見てみたいと真剣に海は思った。
「うーん…、…でもなかなかお泊りは出来ないし、それはランティスも判ってくれてるし……。昼間からはちょっと、
あれだし…。けど、海ちゃんや風ちゃんとこだって、条件変わらないじゃないか…」
延々オアズケ生活の果てがこれじゃあ無理もないかもしれないと、大人の男にいくばくかの同情の念を禁じ得ない
海だった。
「何がいいのかなぁ…」
気の早い東京の街はとっくの昔にクリスマス商戦に突入している。通りすがりのショーウインドウを見遣った光が
困り果てたようにぼそりと呟く。
連れだって歩いていたはずの光が消えてしまい、慌てた海と風が人の流れに逆らいながら戻ってきた。
「んもう!ぼんやりしてるとはぐれるわよ。あのサロン目立たないとこにあるんだから」
「人いきれで酔われましたか?」
「ゴメンゴメン。ランティスの誕生日プレゼントが決まらなくてさ…」
「『万年筆にしようかな…』って、おっしゃってたじゃありませんか」
「実用的でいいと思うわよ」
「そうなんだけど、これと思った物と予算が釣り合わなくて」
いまだ潤沢なおこづかいを貰う海たちと違い、一旦受け取ってはいるものの光はそれに手をつけないようにしていた。
「なるべくバイトで賄おうって光の態度は偉いと思うけど、保護下にあるうちはおこづかい貰ってあげるのも一種の
親孝行よ?」
ちゃっかりした割り切りを見せる海に光は苦笑した。
「でもそれでこぃ…彼にプレゼントは何か違わない?一応二十歳も過ぎてるんだし…」
「私はまだティーンエイジャーですも〜ん!」
「海さんったら…」
三人娘のうちでは見た目に反して光が一番最初に二十歳を迎えたのだ。風が約四ヶ月違いで間もなく、海は七ヶ月
違いの三月生まれだ。
「とりあえず光のバイト代の範囲で選べばいいんじゃない?で、光が使う分は今月だけおこづかいで賄えばいいのよ。
これでノープロOKってね!」
「ランティスさんのお誕生日がこの時期だと知っていれば、こんな高価なプレゼントをいただいたりしなかったん
ですが…」
申し訳なさそうな風に、光がふるるっと首を振った。
「そんなこと!風ちゃんの誕生日はずっと前に判ってたことじゃないか!!それに海ちゃんや風ちゃんが一緒でなきゃ、
私一人じゃ絶対行けないとこだし…。みっともなくないように、ちょっと上等のおニューのランジェリー着てきたもん」
最後は二人にだけ聞こえるようにボソボソ言う光に、『それはランティスの為に着てあげれば?』ともこの場では
言えず海が苦笑した。
「光ったら…。ま、いくらママの知り合いがやってるって言っても、有名人御用達エステティックサロンのトライアルは
小娘ひとりじゃハードルが高いわ。商品売り付けナシ、継続の勧誘ナシ、通常三万円のトライアルコースをお一人さま
ジャスト一万円できっちり話つけてあるから。今日は安心してね」
お一人さま一万円で、風の分を二人で折半するというのが今年の風へのバースデープレゼントだった。
風が女を磨くのに便乗して、自分磨きをしようというあたりが、ちゃっかりした現代っ子らしかった。
「ただいま帰りましたぁ!」
保育園に出入りする者として習慣付いたうがい手洗いを済ませ、着替えも済ませると光は居間に顔を出した。
「あれ、覚兄様だけ?」
「お帰り。翔も優も今日は忘年会だよ」
「そうだっけ。海ちゃんお手製のフィナンシェ貰ってるんだ。お紅茶淹れようか?」
「いただこうかな」
お湯を沸かしてポットとカップもちゃんと温めてダージリンを淹れる。紅茶と二人分だけ取り分けたフィナンシェを
トレイに載せて、そろりそろりと居間の炬燵で寛ぐ覚の許に運ぶ。
「お待たせしました」
コポコポとポットから紅茶を注ぎ、覚へと差し出す。カップを手にして香りを楽しみ、一口含んだ覚が小さく笑った。
「紅茶の淹れ方が上手くなったね、光」
「あははは。そりゃもう、向こうで海ちゃんにもシゴかれたし…」
セフィーロの者にしろ交流のある三国の者にしろ、みなお茶をするのが大好きだ。あちらでのお茶会でいただく
ばかりでは悪いと地球のお茶を持ち込んだのだが、光の適当な淹れ方にビシバシ指導を入れたのが海だった。
『お茶とお菓子はベターハーフであるべきなのよ!解る!?お菓子の味を引き立てるのも台無しにするのも
お茶次第なんだから、まともに淹れなさい!!』というのが海の言い分だった。
それまでの光の淹れ方といえば、愛用のマグカップにティーバッグを放り込み、ポットで95度保温されたお湯を
注いで1分待って、しゃばしゃばしたら出来上がり――という有様だったのだ。それに比べれば、ひと通りの指導を
受けたあとの味は格段に違うだろう。
「覚兄様がそういう雑誌見てるのって、なんだか珍しい」
ページをめくる覚の手許を覗きながら光が言った。
「いつも優が読んでるやつだよ。ステーショナリーの特集が面白そうだから見せてもらったんだ」
「あ、それなら私も見たい!」
掲載されているのは男性向けの硬質な雰囲気の品ばかりだったがと思いつつ、そういう物を探しているのかも
しれないと言葉には出さず、覚は黙って雑誌を光のほうに差し出した。
「僕はもうひと通り見たから構わないよ」
「ありがとう、兄様。……ふぅん、出来るビジネスマン風でカッコいいなぁ……。でも、なんか違うし……」
おそらくは彼らが逢うこともない誰かの為に真剣に雑誌を繰る妹を、一抹の寂しさの影を落とした眼差しで
見つめていた覚がふいに言った。
「ところで光。高級エステ初体験の感想は?」
「えっ!?…聞かれちゃうってことは、見た目にあんまり変わってないってことだよね、きっと。あははは…」
悪いことを言ってしまったのだろうかと、覚はあわてて付け加えた。
「眉が少し細くなったのは解るよ。ただ光はもともと血色もいいから、そんなに劇的には変わらないのかも
しれないね」
他に思い知ったことといえば、海や風に比べていかにメリハリが少ないかということだが、そんなことを兄に
言うわけにもいかない。
「この雑誌借りてくね。部屋でじっくり読んでくる」
自分の紅茶のカップを手に持つと、光はそそくさと自分の部屋へと去っていった。
風の誕生日をセフィーロのみなと祝い、このあとクリスマスもあちらでの滞在になるからと、合間のランティスの
誕生日は光だけが出かけることになっていた。
選びに選んだ品を手に恋人の誕生日を、しかも初めて二人で祝うにしては光の表情はどこか明るさに欠けていた。
誕生日を祝うとは一言も言わず、『19日はお泊りするから』との約束だけでやってきた光と早々に部屋に引き取って
いたが、あまりの彼女の元気の無さに額に手をあててみる有様だった。
「…熱はないな…」
「え?なに?」
額に手をかざされて驚いたように光がランティスを見上げた。
「具合が悪いのに、無理して来たんじゃないのか?」
気遣わしげに曇る蒼い瞳に、ふるるるっと首を振る光の姿が映りこむ。
「そんなことない。元気だよ」
「そうは見えない」
両手を光の顎に添えて掬い上げじっと瞳の奥を覗き込むランティスに、光は何かを隠しておくことなど出来なかった。
「…今日の…ランティスのお誕生日にプレゼントを贈りたくて、何がいいかなって考えて選んだんだけど……」
光が誕生日を知っていたことにランティスは少なからず驚いたようだった。
「だから一人で…。トウキョウに忘れたのか?」
「ううん。持ってもきてるんだけど……。これ……。あのっ、そんなつもりじゃないから!ただ、ランティスに似合うと
思っただけなんだ…」
おずおずと光が差し出した小さな紙袋には、綺麗にラッピングされ青いリボンを施された細長い箱が入っていた。
光がいったい何を気に病んでいるのかさっぱり解らないながらも、その袋を受け取ったランティスが箱を手に尋ねた。
「開けても構わないか?」
「――うん」
リボンを解き、丁寧に包装紙を剥がしていく。90度に止まる化粧箱の蓋を開けると、透明から鮮やかな青への
グラデーションの美しいガラス細工のような物が収められていた。
「これは…?」
「ガラスペンっていうんだ。ランティスがいつも使ってる羽根ペンみたいに、インクをつけながら書いてくの。硬質
ガラス製だから、ペン先が磨り減ることもほとんどないんだって」
ひんやりと驚くほど冷たいが、持った感触はすんなりとランティスの手に馴染んだ。
「この間のサインペンとだいたい同じ太さのを選んであるの。こちらのインクでも使えればいいけど、一応地球のも
何色か買ってあるから…。あの、硬質ガラス製だから、少々のことでは割れたりしないはずだけど、でも基本的に
ガラスだから、少しは加減してね?それへし折ったら危ないと思うし…」
「判った。大切に扱う。……ありがとう、ヒカル」
「…ランティス、怒ってない……?」
早速試し書きをしていたランティスが、心配そうにそう尋ねた光の顔を覗きこむ。
「どうして?ヒカルが俺のために選んだ物なのに…?」
言いにくそうに躊躇っていたものの、気がかりをそのままにしておけない光はランティスの顔をまっすぐに見つめた。
「あのね、それを買ってから知ったんだけど…、筆記用具を贈るのは『もっと勉強しなさい』って意味になるから、
目上の人に対しては失礼に当たるんだって。でも、羽根ペンもだめになってきてたし、どうしてもランティスにそれを
使って欲しくて、結局持ってきちゃったんだ…」
「セフィーロでは特にそんな意味合いはなかったと思うが…。それで気にしていたのか?」
「…うん…」
「確かに、もっと学ばなければならないな」
「え…?」
戸惑い顔の恋人を軽々と抱え上げベッドに寝かせると、覆いかぶさるようにして光の両脇に腕をついた。
「俺がもっとトウキョウとセフィーロの文化の差異を知っていれば、そんな顔をさせずに済んだかもしれないのに…。
知らなければならないことはいくらもある…」
部屋の灯りを落として、一、二度軽くくちびるに触れたあと、はやる心を抑えきれずむさぼるようにくちづける。
「ん…っ。そん…な…こと…ない…。私が…もっと…」
「…お互いに…知っていけばいい…」
「ん…」
『――いまは、ヒカルのことを――』
そう声には出さず、ランティスは光の胸を包む紅い大きなリボンを解いた……。
Happy Birthday LANTIS ☆.。.:*・°☆.。.:*・°
SSindexへ 2010.12.19
ロッキー…ロック鳥なみの巨大な鳥。ダイハツ ロッキーより
このお話の壁紙とラインは Lazy Colors さまよりお借りしています