若きランティス君の悩み  〜正しい交換日記のはじめかた〜

 

 世の中にそういうモノが存在するということは、知識として知ってはいた。

 

 親友の口から『光と親しくつきあいたければ、僕たち三兄弟を倒したあとで交換日記から始めてもらうぞ…!』と

言い放たれた時も、なかば売り言葉に買い言葉で『いいだろう』と承知もしたのだが、よもや本当にやる羽目に

なろうとは…。

 出逢って間もない二人だから、相互理解の一助には確かになると思う。光のほうから言い出してくれたなら、

一も二もなく応じていた。だがしかし、自分から、しかもこんな超絶可愛い系のノートを光に差し出すのかと思うと、

光の長兄である親友の真意を疑いたくなるというものだ。

 『光の好きそうな奴を選んでおいたから』と覚は言っていたが、くすくす笑っていたあの様子からしてミス聖レイアも

知っているのだろう。覚が一人でこれを買って来たなら、見上げた兄妹愛だといっそ呆れなくもないが、もしかすると

彼女に頼んで買って来て貰ったのかもしれない。(彼女の趣味だとも考えにくいが…)

 いや、これの来歴はこの際もうどうでもいい。問題は次の一手だ。

 

 何を書けばいいかも謎だが、一番の問題はいかにして光に承諾して貰うかだろう。

 

 『親しく付き合いたければ、交換日記から』なんていうのは、恐らく過保護な兄たちが勝手に張り巡らせた

予防線で、光が関知するところではないだろう。ランティスの乏しい予備知識の中では、概して仲の良い女の子

同士でやるものと定義されていたのだから。

光に呆れられては意味がない。(よもやこれが狙いなのか?)

 いかにスマートにこの難題をクリア出来るかに、二人の将来がかかっている…。オーバーだよ、ランちゃん…

 

 

                              

 

 

 放課後、図書室で宿題(国際バカロレアを取得済みだろうとなんだろうと、出された課題を提出しなければ

ならないことにはなんら変わりなく・笑)や読書をしながら光の部活が終わるのを待つのが近頃のランティスの

日常になりつつあった。

 覚ほど生真面目ではないので生徒会室に常駐することもない。だいたい生徒会長と高等科書記(ミス聖レイア)

居れば十分だし、かえってお邪魔というものだろう。

 さくさくと課題を片付けてしまうと、先日来読みかけの小説を手にしつつもランティスはまた考え込んでいた。

 微妙に近寄り難い雰囲気を醸し出しつつハードカバーの本を読み進める気配もないランティスの背後から

忍び寄る影がひとつ。ランティスを遠巻きにしていた女子生徒らが密かに色めき立っている。

 バッと手元から本が奪い去られ、ようやくランティスはその男の存在に気づき、微かにむっとしていた。

 「なぁんだ。あの娘(コ)の写真でもこっそり見てるのかと思ったのに本だけですか。つまらない人ですね」

 はた目に見るだけで女子が蕩けそうな笑みを浮かべているイーグルをランティスが睨んだ。

 「お前の娯楽になる気はない」

 「つれないなぁ。僕でよければ、いつでもあなたの為に一肌脱ぎますよ…?」

 女子の視線に気づいているのかいないのか、慈しむようなまなざしでランティスを見下ろしたイーグルは机に

もたれ掛かりランティスの肩にそっと右手をのせていた。

 伏せ気味の視線が負の(腐の?)想像力を掻き立てる。

 「机に座るな」

 「それじゃああなたの膝にでも?」

 遠巻きなざわめきを煽るかのようなイーグルの言葉もランティスはあっさり却下していた。

 「不気味なことを言うな。だいたい帰宅部が何してる?」

 「失礼な人ですね。正真正銘の帰宅部はあなたでしょう?僕はこれでも茶道部部長ですよ。部活の姫の

代わりに、返却期限の本を返しにきたらあなたがたそがれてるものだから、つい…」

 『からかいたくなって』という言葉は微笑に置き換え、回り込んでランティスの隣の椅子に腰を下ろした。

 「別にたそがれてない」

 「そうですか?それにしても、世の中って何が起こるか判らないものですね。天と地がひっくり返ることが

あったって、あなたが物思いに耽る日がこようとは思ってもみませんでしたよ」

 覚といいイーグルといい、お前たちは本当に俺の友人なのかと問い質したくなるような、仕打ちと言い草の

合わせ技に、ランティスは答えるのも億劫げだ。

 「・・・」

 「箱入りお嬢さんの口うるさい兄上たちの干渉に辟易してるんじゃありませんか?もう少し悟ってるかと

思いきや、意外にサトルも溺愛モードですからねぇ」

 「・・・」

 やっぱりそのネタでからかいに来たのかと、ランティスはちらりと一瞥を投げてまた本に視線を戻した。

 「いっそのことかっさらって逃げるとか…」

 「俺を誘拐犯に仕立てる気なら、犯罪教唆でお前を道連れにしてやるが?」

 「無粋だなぁ。≪恋の逃避行≫ですよ。ラブロマンスの王道じゃありませんか。二人の仲を裂こうとする

無理解な大人たちの手を逃れて、遥か北の網走へ……!」

 なかば夢見ているように芝居がかったイーグルに、ランティスは眉をひそめていた。

 「…お前、何か悪い物でも食ったか…」

 「失礼な。姫ご愛読のシリーズならごろごろ出てくるシチュエーションですよ。それだけ憧れる女性が多いって

ことでしょう?」

 「網走に限定される理由が判らんな。どうして南じゃ駄目なんだ…」

 「犯罪者は北へ逃げるもんでしょう?」

 何の思い込みだか知らないが、やっぱりランティスを犯罪者扱いしたいらしい。そのための網走限定とみえる。

 そもそも≪恋の逃避行≫をやらかすには両想いであることが大前提であるはずだが、ランティスはともかく

光の気持ちがいまだつまびらかではないので、下手をすると本当に誘拐事件になってしまう。学院創始者の

曾孫であり、現役理事の息子がそんな騒ぎを起こせば、名門私学としては致命的なスキャンダルになること

請け合いだ。

 嫌われてはいないだろうが、さりとて『恋している』…とまで行かなくても、『友達じゃない(厳密に言えば先輩・後輩)

特別な存在』と思われているかというと、いま一つ読み切れないところだった。

 他校の不良に食ってかかる気の強さと裏腹に、二人で話している時の光ははにかみ屋で、ちょっといい雰囲気に

なるとネコミミやネコしっぽでケムにまいてくれた。

 何の手品だか知らないが、見慣れてしまえばあれもなかなか可愛い。(気にしろよ、ちょっとは…)

 「…なに思い出し笑いしてるんです?むっつりなんだから…」

 外野から見ればほとんど表情は変わっていなかった筈だが、微妙な頬の筋肉の緩みもイーグルは見逃さない。

 「うるさい。図書館では静かに読書するものだ」

 「考え事してただけのくせに」

 「静かならいいんだ」

 「恋の手管に疎そうな朴念仁を助けてやろうという、この深い愛情が解らないんですか」

 「…友情ぐらいに割り引いとけ。気持ちが悪い…」

 「友愛、慈愛も愛情のうちですよ」

 にこにこ笑いながらそう答えるところをみると、ランティスの反応を見越した上でからかっているのだろう。そっちが

その気ならと適当にあしらうことにして、また交換日記を申し込む上手い口実を考えるランティスだった。

 

 

                              

 

 

 ある日のランチタイム。アセンブリ・ルームで持参のお弁当を広げる三人娘の姿があった。球技大会期間中、

昼休みも三人それぞれに忙しかったので、久しぶりにゆっくり話したくもあったからだ。

 球技大会では光はチーム・ランティスに所属していたので、ランティスと一緒にいても不思議ではないということも

確かにあった。(その実、仕切っていたのはラファーガのほうらしいが…笑)

 イーグルとの疑惑の数々から級友たちが光のことを心配していたが、当の光はランティスに懐いているし、疑惑も

どうやらイーグルのおふざけによるところが大きいようだった。長兄・覚の友人でもあるのでそこそこ仲がいいのも

解らなくはないが、球技大会が終わってからも二人一緒に帰る日々が続いているとなると、俄然その進展具合が

気になるのが人情というものだろう。

 級友らにそうつつかれたものの、風や海も自分たちこそが知りたいぐらいだったので、こうしてあまり人の来ない

アセンブリ・ルームに光を引っ張り出したのだった。

 「ふーっ、今日のはまぁまぁ美味しかったかな。ごちそうさまでした」

 きっちり手を合わせてそういうと、三人のものでは一番大きいお弁当箱を仕舞いにかかる。光に言わせれば海や

風のお弁当箱が小さすぎるだけで(といってもクラス女子では平均サイズだが・笑)、光のはといえば間違えて

兄たちが持っていっても困らないサイズではあった。ただし、最近光は自分のお弁当だけは自分で作り始めている

ので、味は保証の限りではない。覚と優は母親の作る弁当で足りているようだが、三男の翔は朝礼前にパン1個

以上、昼休みまでに早弁をして昼ご飯は学食で食べるというサイクルらしい。それだけ食べているのに、いまだ

縦方向の伸びがよろしくないそうだが、海に言わせれば『横に伸びないだけいいじゃない…』という感じだった。

 持参の水筒のほうじ茶でひとごこちついた風が遠慮がちに口を開いた。

 「私、光さんにお伺いしたいことがあるのですけれど…」

 正面から切り込むのかと海は心の中で拍手を送っていた。

 「なに?」

 「毎日のようにランティス先輩とご一緒なさってますわね、球技大会が終わってからも」

 「うん」

 「光の部活が終わるの、待ってるんですもんねぇ…」

 「そうだね」

 「……それで、今、どのあたりまでおゆきになってるんでしょう?」

 「なっ、なんてストレートなの、風っ!」

 思わず赤面した海を気にもとめず、光は小首を傾げて答えた。

 「どのあたりって、…うちだけど?」

 それを聞いた海が机にずべっと突っ伏していた。

 「え…だって、他に何処へいくんだ?部活終わったら6時半だし、うちまで小一時間かかるんだよ。先輩はそれから

うちの道場で練習だしさ。私を待たないほうがいっぱい練習出来るのに、『どうせ同じところに行くんだから』って…。

エスコートしてもらってるみたいで、ちょっといいでしょ?」

 てへっと笑う光に、『みたい』じゃなくてそのものずばりじゃないかと、海はあんぐりと口を開けていた。

 「…」

 「そういう地理的な意味ではなくて…、あの、相対的なと言いますか、そういう点をお尋ねしているのですが」

 とんちんかんな光の反応に、あまりストレートに言って薮蛇になってもいけないしと、風が持って回った表現を選ぶ。

 「総体?私学連中学総体??うーん、まだ一年生だし、いろいろね。学校の部活じゃないから、先輩も高校総体は

出られないんじゃないかなぁ。詳しい規程がよく解らないけど。別にそういうのは目指してないみたい」

 『誰があんたたちの剣道の話を聞いてるかーっ!?』と海は酸欠の魚もかくやというほど、口をパクパクさせている。

 本気でとぼけているのなら見事なぐらいだが、おそらく光は至極真面目に答えてこれなのだ。この雰囲気では

まだ艶っぽいことには縁がないだろうかと、海と風は顔を見合わせていた。

 「光って、ランティス先輩といてもそんな調子なの…?」

 「へ?」

 「いや、なんていうか…、よくあの先輩と会話が成立してるなぁと思って」

 光のソフトボールのピッチングは素晴らしいものだったが、言葉のキャッチボールは時々ノーコン大暴投だ。

 「………」

 不意に黙り込んだ光に小首をかしげた風が尋ねた。

 「どうかなさいました?」

 「会話っていうか…、いつも私が一方的に…っていうか、一人でしゃべってるかも…って、今、気がついた」

 一般的に無愛想威嚇系に分類されるランティスが光相手だからとイーグルばりに社交的になっていたら、それは

それで多重人格を疑いたくなるというものだ。

 「私、先輩がどうしてまた剣道を始めたかも知らないや…」

 『そんなの光にアプローチするために決まってんじゃないの!』と顔に書いてある海を、風がそっとおしとどめた。

 「知りたいのですか?」

 「えっ?……そう…」

 昼休みの終わりを告げるウエストミンスターチャイムが鳴り響き、『そうかも』だったのか『そうでもない』だったのか、

光の答えは二人には聞き取れなかった。

 五時限目の英文法の宿題板書に当たっている光は、二人を置き去りにして教室にすっ飛んでいってしまい、

疑問の解消に至らなかった海と風は顔を見合わせ肩を竦めていた。

 

 

                              

 

 

 その日の放課後。

 駅まで歩く間も電車に乗ってからも、いつもなら相槌を打つ間もなく学校でのあれこれを楽しそうに話す光の口数が

やけに少ないので、ランティスはそっと光の額に手を伸ばした。

 「にゃっ!?」

 お約束のネコミミをぴくつかせて、光は真っ赤になっている。

 「別に熱はないな」

 「うん、すっごく元気だよ!」

 「随分と静かだから具合でも悪いのかと…」

 「最近ずっと一緒にいるのに、私、ランティス先輩のことあんまりよく知らないなと思って…」

 「・・・」

 「いつも私一人でしゃべってるから、先輩の話を聞く時間がなくなっちゃうんだよね、きっと。…と思って反省してたんだ」

 「話すほどのネタもないんだが」

 「ネタって…。別に面白い話してって訳じゃないよ。例えばどうしてまた剣道をやる気になったのかとか、そういうの」

 それは多少なりともランティス自身に興味があると言っているようなものだが、告白というには甘やかさに程遠いもの

だった。

 それでもランティスにとって、これは願ってもないチャンスだ。

 「なら、交換日記でも始めてみるか?」

 「ほえっ?」

 「あれこれ自分のことを話すのは苦手なんだ。レポートに書くほうがまだいい」

 「交換日記かぁ。懐かしいな…って、3月まで海ちゃんと風ちゃんと三人でやってたんだよ。中等科に上がってから

私もケータイ全面解禁になったから、メールばっかりになっちゃったけど。いいよ!なんかいいノートあったかなぁ」

 「…新しいノートなら、ヒカルが好きそうなやつが二、三冊ある。それに書いてこよう」

 「うわぁ、楽しみだな〜」

 

 

 −− M I S S I O N    C O M P L E T E −−

 

 

 こうして二人は無事に交換日記を始める運びと相成ったが、チャーミーキ〒ィを持っていることを外でカミングアウト

しかねるランティスは、見せつける意味もこめて獅堂家の中庭をノートの受け渡し場所に選んだのだった。

 

 

 ・・・・・初めてランティスが日記を手渡した日・・・・・

 「チャーミーキ〒ィ…?キ〒ィちゃんって、いつの間に長毛種の猫さんになったんだ?」

 「…俺に聞くな(サトルのやつ…!)

 

 ・・・・・・・・・・どうやら光はチャーミーキ〒ィなるものをを知らなかったらしい(笑)

               (だからっっ・・・どうして知ってたんだ、空姉様っ)

 

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「あの二人はどうやって交換日記を始めたんだ!?」との声から書き始めたもの。

私も1つ  MISSION  COMPLETE  っと(≧∇≦)

                                               

         このお話の壁紙とノートのアイコンはさまよりお借りしています