いつか桜の樹の下で vol.2

 

 

 

 その日の夜更けのセフィーロ城。真っ白な神官服に身を包み、廊下を歩いてきたランティスが精獣グリフィスで降り立った

クレフに出くわし、ごく僅かに気まずい表情をした。

 「こんな夜更けに外に出るのにその姿なのは珍しいな、ランティス」

 ランティスの手にしているものと顔をじろじろ見比べて、お前の考えていることなどお見通しだと言わんばかりにクレフが

笑みを浮かべた。咳払いをひとつして、ランティスが師に問い返した。

 「このような時間に、導師お一人でお出かけだったのですか?」

 「これからお前が行こうとしているのと同じ場所へ、同じことをしに行っていたまでだ。朔の夜の当然の勤めだからな。ああ、

これのことではないぞ」

 導師の杖で愛弟子の手の中にあるものをごく軽く叩こうとしたクレフの手を、ランティスが反対の手で遮った。

 「繊細なものなんですから乱暴な扱いはやめてください、導師」

 「私が手伝えと言っても朔の夜の勤めなど見向きもしなかったくせに…。本当にお前はヒカルに甘い」

 「…否定はしません」

 「朔の夜とはいえ、そればかりはヒカルとお前の願いだけではどうにもならん。受け入れるかどうかはあちらの領分だ」

 「訊いてみないことには、判りませんから」

 「そうだな」

 「では失礼します。――精獣招喚!!」

 風とともに姿を現した漆黒の愛馬エクウスに跨り、ランティスは月のない夜空へと駆け出した。

 

 

 月もなくさやかな星のひかりのみが降りそそぐ精霊の森の泉のほとりに、跳ね馬が静かに駆け降りた。跳ね馬から下りた

ランティスが腰から魔法剣を引き抜き軽く念じると、剣に嵌めこまれた大きな蒼い宝玉が灯りをともしたランタンのように

ぽうっと輝いた。灯り代わりのそれをエクウスの足元に置き、ランティスは静かに泉に近寄りひざまずいた。手で水を掬っては、

花の部分を避けて桜の枝をその水で丁寧に清めていった。

 ひと通り清め終えると、泉に向かって両手で桜の枝を掲げ、目を閉じて静かに問いかけた。

 

 「我が名はランティス…

  ここに集いし数多(あまた)の精霊・妖精たちに、我は問う…

  異世界の少女と我の願いのもと

  桜の樹をこの地に迎え入れることは、是か非か……」

 

 これまでにも光たちが異世界から持ち込んできたものは数限りなくあるが、それは人間界にのみ関わるものだったので、

特に伺いを立てる必要がなかった。だが、さすがにこればかりはそうもいかない。自然界に関わることを、人間の意向だけで

決めることなど許されるはずがなかった。さわさわと、ひそひそと、周りを飛び交う者たちの気配を覚えつつ、ランティスは

ただ瞑目して人とは意を異(こと)にする者たちが裁を下すのを待ち続けた。

 妖精たちが纏わりつく気配が遠ざかった後、ランティスは両手にあたたかなひかりを感じてゆっくりと目を開いた。桜の枝が

淡いひかりに包まれて、ランティスの手を離れて浮き上がっていた。

 「――感謝する…」

 もしも二人の願いを拒まれてしまったなら、花の終わりまで愛でるどころか、たったいまここで砕け散ってしまうところだった。

エクウスの足元に置いていた魔法剣を拾い上げ、ふたたび愛馬に跨ると、ふわりと空高くまで上がった桜の枝を追いはじめた。

 柔らかなひかりに護られ、花びらを散らすことなく夜空を往く桜は、ある森の一角へと静かにランティスを導いた。

 「ここなら、ヒカルでも気軽に来られるな…」

 空から見えた街灯りで、だいたいどの辺りなのかランティスには見当がついていた。

 とある大きな樹のそばに、桜の枝が寄り添うように浮かんでいた。

 「チェリーの樹か。…お前が受け入れてくれたんだな…」

 いまこのセフィーロに生きる者でチェリーの花を見た者は誰もいない。それどころか千年か二千年に一度しか花が咲かないと

云われているので、文献にさえも確かな絵はなかった。

 桜の枝とチェリーの幹に触れ、しばしそのうちなる声に耳を傾けていたランティスが祭祀用の短剣を取り出した。接ぎ木をする

要領で、桜の枝を削りチェリーの枝に切り込みを入れ始めた。

 ランティスはチェリーに桜の枝を接ぎ、光の想いが残る薄葉紙を巻きつけて、その上から薄葉紙を飾っていたリボンで

しっかりと結わえつけた。結び目に両手をかざし、ランティスは古(いにしえ)のセフィーロ語で紡がれた呪文を静かに詠じた。

 長い呪文を唱え終えると、ランティスは優しくその枝を撫でた。

 「いつかここで、ふたたびヒカルに逢えるといいな」

 セフィーロの自然は桜を受け入れたが、この地で生きながらえてゆけるかどうかはその桜次第だった。

 赤茶けた大地に白いアイシスの花を散らしたときに光が言ったように、口にしないほうが二人の願いが叶いそうな気がして、※1

この樹の梢で桜の花が咲くまでは光にも告げずにいようと心に決めたランティスだった。

 

 

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                                         2010.5.8

 

 

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あとがき

「桜色舞うころ」に出てきた、セフィーロに桜がある理由です

三期OPの「光と影…」でランティスとイーグルが背中合わせに立ってる場面で舞う花びらが

なんとはなしに桜のように見えたので、桜が似合いそうだなぁと、勝手に思い込んでおります

 

精獣グリフィス…地球でいうグリフォンのような姿のクレフの精獣。TVR グリフィスより 

エクウス…ランティスの黒い馬のような精獣のこと。光が命名。ヒュンダイ エクウスより

チェリーの樹…千年か二千年に一度ぐらいしか花が咲かないセフィーロの樹。日産 チェリーより (まんま、桜ですねw)

※1…「a long time ago」 参照

 

vol.1の壁紙はJPGなんですが、vol.2の壁紙はGIFのせいか携帯では表示されない場合もあるようです。ごめんなさい〜 (_ _(--;(_ _(--; pekopeko

 

 

このお話の壁紙はさまよりお借りしています