星に願いを

 

 近場の子供相手のバイトということで、光はジーパンにTシャツといういつものラフな格好だ。

 「海ちゃんに『女子力低いわよっ!』ってまた叱られちゃうな…」

 お世辞にもたまにしか逢えない恋人のところに行く格好とは言えないが、着替えに帰る時間が

惜しかったし、兄たちに止められるのはありありだから仕方がなかった。だからといってバイト先に

よそ行きの一式を置いておこうなどとは思いもつかないのが光らしいところではあるが。

 チケットを買い、展望台へと上がる。天気の良い七夕の夜ということもあり、平日だというのに

いかにもデートですというような男女が多かった。

 『…私もこれから逢うんだから…』

 約束なんてしていない。おまけに平日だから光が来ることなどランティスは予想もしていないだろう。

それでもそばに行きたかった。

 「…セフィーロへ…!!」

 展望台の窓辺に立っていた光がひかりの粒子になって消えていた。

 

 

 セフィーロ城の大広間の奥まった一角に、ひかりの粒子が降り注ぎ、やがて光が姿を現した。広い

スペースを利用して踊りの稽古に余念がなかったカルディナがその姿を見つけ駆け寄った。

 「ヒカルお嬢様やないの〜♪どないしたん?こんな時間に来るやなんて珍しいやん」

 お約束どおりいきなりぱっふりな胸にむぎゅっと抱きしめられて、光は答える余裕もない。空気を

求めて手をばたつかせている光に気づき、カルディナがようやく開放してやっていた。

 「ああーっ、苦しかった・・・。こんばんは、カルディナ!ランティスいるかな?」

 「どうやろ?導師クレフのつかいで沈黙の森の家で仕事中のプレセアのとこに夕方出かけたんは

知ってるけど、帰ってきたかどうかは知らへんなぁ。なんせあんまりその手の報告せぇへん御仁や

さかいに…」

 「え?プレセアも居ないんだ…」

 「導師に呼んでもろたらええんちゃう?まぁ呼ばんでも、ヒカルお嬢様来たんに気ぃついたら、

すっ飛んで帰ってくるやろうけど」

 「あははは。ランティスの部屋で待ってるからいいよ。ありがとね」

 広間を駆け出し、少し離れた廊下の壁にそっと触れると、光の身体が見る間に吸い込まれていく。

その光が次に姿を現したのは、ランティスの執務室兼私室前の廊下だ。

 「これのおかげでずいぶん近くなったんだよね、ランティスの部屋…ふふっ」

 律儀に秘密の通路に一礼し、ランティスの部屋へと急ぐ。ランティスが居ても居なくても、ノックする

より先にその部屋の扉は光を迎え入れてくれる。

 「お邪魔します。……まだ帰ってないんだ」

 カーテンが開け放たれたままの窓辺からは満天の星空が見えていた。

 「綺麗な星空だなぁ…。どこが天の川っていえないぐらい星が多いんだよね、セフィーロって…」

 あふれるほどの星のまたたきに、どれに願いを唱えるのか判らなくなりそうなぐらいだ。ひとしきり

眺めると、大きな枕を抱えてランティスのベッドにぽふんっと座り込んだ。

 「…やっぱりペパーミントみたいな匂いがする……。セフィーロの人たちは自分の意志で願い事

叶えていけるんだから…。そうなっていかなくちゃいけないんだから……」

 灯りひとつない部屋の中、大好きな人の香りに包まれてほっと気が緩み、昼間の疲れがどっと

押し寄せてきていた。

 「………ランティスに謝って……プレセアに…直してもらって……」

 ちょっとだけ横になってよう・・・そう思いながら、光はすっかり夢の国の住人になっていた。

 

 

 「…寝ていたか…」

 ≪声≫で呼びかけても反応がないはずだ。枕を抱えたままぐっすり眠っている光を起こさないよう、

小さな灯りだけともしたランティスが苦笑する。

 いかにランティスといえども沈黙の森を出るまでは光に気づけず、城に帰り着いた頃にはもう夜半に

なっていた。

 東京ではまだ週のなかば。大学もバイトもあるだろうにと不意の来訪を怪訝に思いつつ、なかば

開かれた光の右手にある物に気づき、ランティスは手を伸ばした。

 「これを気にかけたのか…」

 鎖の切れたブレスレットがしゃらりと小さな音を立てる。それはまだお互いがお互いにとっての

特別な一人になる前に贈った物だ。壊れたブレスレットを光の手のひらに戻すと、ランティスは静かに

部屋を出ていった。

 

 

 

 ピルルルルルル、ピュルッ、ピロロロロロ・・・・

 

 何の鳥が鳴いているんだろう……もう朝なんだろうか……ぼんやりとそんなことを考えながら、

「う…うん…」と光が眩しさにぎゅっと目を閉じていた。

 「…そろそろ起きないか?ヒカル」

 ・・・ランティスの声がする・・・・夢に出てきてたっけ?と思いながら、光がゆっくりと目を覚ました。

 「うにゃ…?」

 自分の左腕で頭を支えながら横臥しているランティスが、枕を抱えたまま寝入っていた光の頬に

そっと触れていた。

 「ランティス…?」

 「…お前、自分がどこで寝てるか判ってるか…?」

 手の届く範囲でなら一向に構わないが、ランティスの力の及ばないところでも委細構わず寝込む

ようでは心配でならない。

 ぱちくりとまばたきした光がいきなりがばっと跳ね起きていた。

 「ごごご、ごめんなさいっ!私っ、ベッドと枕占領しちゃってた!!」

 「それは構わないが…よく眠れたか?」

 「う、うん!ぐっすり!!・・・・お、おはよ・・・」

 「おはよう」

 ランティスは身体を起こし、頬にそっと触れるだけのやさしいキスを贈る。

 「枕…取り上げてくれたらよかったのに…寝にくかったでしょ?」

 ぽむぽむと形を整えてきちんと置いた光に、ランティスがちいさく笑う。

 「めったに拝めないものが目の前にあったからな。寝るのは惜しい」

 「・・・?」

 「ヒカルの寝顔・・・・。ああ、寝癖がついてるからしばらく部屋を出られないな」

 真っ赤になって両頬を押さえた光が、自由すぎる右手に気づいて少し寝乱れたシーツの上を

がさがさ探していた。

 「あれっ、な、ない……!?うそ、やだ…っ」

 「ヒカル…」

 そっと名を呼んで左手をやんわりと掴むと、ランティスはそれをつけてやった。

 「あ・・・直ってる……。プレセアにお願いしてみなきゃって思ってたんだ。ランティスが直して

くれたの?」

 「まぁ、鎖ぐらいなら、な。といっても精緻なものは経験が足りないので本を見ながらだったが」

 いつぞやクレフに押し付けられていた『よくわかるシリーズ 修復魔法入門』、『修復魔法 Q&A』を

蔵書庫から借り受けて、夜中のうちに修復したらしい。

 「ありがとう!・・・でも、壊しちゃってごめんなさい」

 しゅんとしている光を抱き寄せて、ランティスは静かに髪を撫でる。

 「気にするな。形あるものは壊れることもある」

 「うん…」

 「壊れたおかげで、こうしてヒカルに逢えた…悪いことばかりじゃない」

 「うん…」

 耳元にささやきかけるような低くて優しい声に誘われ、光はおずおずとランティスの背に腕を伸ばす。

そのぎこちなさが愛おしさを煽り、ランティスが軽く耳たぶを噛んだとき、くるるるるるっと近場で鳩が

鳴いた。聞かなかったことにしようかと逡巡したランティスの耳に、恥ずかしげな光の声が届いた。

 「・・・ご、ごめんなさい・・・。ムードぶち壊しだよね……」

 「…健康な証だ」

 身体を離して光の右の頬を確かめたランティスが、ぽんぽんと光の頭を撫でて立ち上がっていた。

 「まだ外へ出られないからもらってこよう。ここで待ってろ」

 「あ…うん…」

 出て行くランティスの背中を見送りながら、『海ちゃんと風ちゃんに女子力鍛えてもらってくるよ…』と

心ひそかに誓う光だった。

 

 

                                         2012.7.7 up

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こっぴどい風邪を引いてCTまで撮られてSSを思いつく…因業ですね(汗)

当初は風邪でもセフィーロにやってきた光ちゃんが看病してもらうネタ思いついたんですが

某S様が書いてらしたなと思って軌道修正。色気の無さは当サイト標準仕様です。

文中、七夕が平日になってるのは、原作ベースで大学二年になっているであろう1999年の

お話だからです。ややこしくてすみません。

 

vol2の挿絵は、アニメ版のランちゃんのラストシーンの絵が崩れすぎと号泣した私のために

3児の母さまが挑戦してくださったものです。

夢のシチュエーションもアニメ版っぽくなってます。

  

      この壁紙ははさまよりお借りしています