――――兄の願いを叶えることなど出来ない

          姫君の愛が結実することも許されない――――

 

そんなこの国に絶望していた

 

二人の望みがもたらすものは、この国の破滅だと知っていた

 

それでも永きの歳月を越え仕えてきた姫君を

なによりたったひとりの兄をむざと喪いたくはなかった

 

『柱のみが世界の安定と幸せを祈る』

そんな理が罷り通るのは、このセフィーロだけだという…

 

だから親衛隊長の任にありながら、すべてを捨てて旅に出た

 

 

精霊が護る王族が民を導く国

幻術をあやつる皇族が政を司る国

大統領と評議会がそのあり方を決める国

………そのどこにも、二人の希みに応える手立てなどなかった

 

 

 

そして遥か遠く離れた地で、故国の柱の消滅を知った

        すなわち、魔法騎士の伝説が成就されたのだ、と――――

 

 

 

 

瞳の住人  -Monologue of Lantis- 

 

 

 

 

間に合わなかった

抑えきれなかった想いの溢れた姫君の心を救うことにも

ただひたすらにその姫君の自由を希った兄の援けになることにも

 

いつかこうなることは解りきっていたのに

手掛かりひとつも得られぬまま

その最期を見届けることすら叶わなかった

 

こんな悲劇はもう二度と繰り返させない

それだけが遺された自分に出来る

せめてもの手向け、否、贖罪だと思えた

 

新たな柱の誕生を阻む為に故郷へ戻り

『柱への道』を捜し出して破壊することだけが希みになった日々

異国の友の駆る機体と戦う、炎の化身の如き真紅の魔神を見た

 

世界を敵に回した兄の想いを打ち砕き

柱の願いを叶えた魔法騎士が纏う、伝説の魔神

 

 

初めて出逢ったとき

『さっきは助けてくれてありがとう』と

セフィーロの夕暮れを思わせるような

紅い髪に紅い瞳のとても小柄な少女が

屈託なく笑いかけてきた

そのときの君は、俺が何者なのかを、まだ知らなかったから

 

城の中の誰もが寝静まった頃

いつものように眠れない夜を

人が訪れることも稀な中庭で過ごす俺の許に現れた君は

さっきとはまるで別人のような、苦しげな表情を浮かべ

その小さな身体から、詫び言を絞り出していた

『わたしが…、私があなたの兄様を……』

二人の友をかばう言葉に重なる

この手で殺したんだ、という声に出来ない

張り裂けるような心の叫びさえ、音として耳に届きそうなほどに

 

 

伝説の魔法騎士が

異世界のものでなければならないことは知っていた

このセフィーロの何人たりとも、柱を弑することなど出来ないのだから

だからといって、どうしてよりにもよって

このような年端も行かぬ少女だったのだろう

セフィーロに生を受けたものが、その世界の理に苦悩することは仕方がない

何ゆえ何の関わりもない世界で穏やかな生活を送っていたであろう少女が

人を殺めた罪の重さに耐え続けねばならないのか

 

異国の者を迎え撃つ為に発つ君に尋ねずにはいられなかった

『なぜ 戦う

   自分の国でもない このセフィーロのために……』と

炎神を宿した強い瞳がまっすぐに心を射抜いてきた

『自分自身のためだ』と

『もう二度と 後悔で泣くのはいやだから』と

 

何ひとつ真実を知らされず

望まぬまま叶えるしかなかった『柱の願い』と

未来永劫洗い落とせないその手にこびりついた見えない血糊と

眠りの中でさえ拭いきれない罪の意識に責め立てられながら

それでもなお

君に重荷を背負わせたその人との

『セフィーロを救う』という約束を果たそうとする

痛いほどのひたむきさと

 

 

俺は――

柱の犠牲無しに存続出来ない国など

いっそ滅び去ってしまえばいいとさえ思っていた

 

君は――

柱が犠牲になることは間違いだと断じながら

その不在でとめどなく崩れていくこの国を救いたいと心を痛めていた

 

 

 

 

異国の友と君が

誰の手も届かない異世界で柱の座を争うのだと

創造主を名乗るものが淡々と告げた

 

 

また間に合わなかったのだ

祖国の存亡を不治の病に侵されたその身に担う友と

縁もゆかりもない世界のいざこざに巻き込まれ

それでもそこに暮らすもの達の為に

一歩も引き下がらない君と

二分の一…どちらかしか、新たな柱に選ばれた者しか戻らないなどと

どうして受け入れられるだろう

 

二分の一を受け入れられないのは君も同じだった

創造主に切り捨てられようとした異国の友を

傷だらけになりながらも、その手を決して離さなかった

 

こんな世界に創っておいて

好き放題する創造主などに

友と君を奪われるぐらいならと俺は刃を向けた

君と同じ運命を背負った二人は

ともに戦う心の強さでここへ還ろうとする君の手を捉まえた

 

 

 

 

空を覆い尽くす鈍色の雲を裂いて

眼を刺すほどの陽のひかりとともに

この世界に戻って来た

君の眩しさを忘れない

 

創造主と魔神達が去り際に残した

無数の白い羽根とともに

異国の友を連れ腕の中に舞い降りた君の

野の花が咲きほころぶような

少しはにかんだ微笑を忘れない

 

 

 

まっすぐにみつめてくる凛とした瞳も

決して諦めないその意志も

隠しきれずに見せる愁いを帯びた後ろ姿も

はじけるような少女らしい笑顔も

君がもたらした新しく始まる季節の中

もっと知りたいと願うのは

叶うことなら抱きしめたいと願うのは

兄が抱いていた以上の高望みだったろうか

 

 

創造主に刃向かう以上の覚悟で想いを告げた俺に

君が返してくれた答えはといえば

それはもう茫然としてしまうほどに無邪気なものだったけれど

 

『だって ランティスもイーグルも 大好きなんだもん

 みんな みーんな 大好きだよ!

 ずっと ずっと いっしょにいたい!』

 

「彼女は まだ子供なんですよ」

途切れかけていた生命の時を

君の強い願いでふたたび刻みはじめた友が笑う

あいつが笑った理由は言外にも聞こえてはいたけれど

いまは、聞き流しておいてやろうと思えるほど

心穏やかな日々を過ごしながら

 

柱に頼ることなく

いつかここが遠い昔のように

美しく平和な国になれた頃には

君も少しは大人になっているだろうか

 

 

 

 

そのときには

他のことなど何も望まない

ただ、その紅玉の瞳に映る、たったひとりの者として

いくつもの季節を、君と――

 

 

 

 

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仕事中にかかってる有線で、ずっと気になってる歌がありました。

声でL'Arc〜en〜Cielさんだとは判ってたんですが、一年越しぐらいで、やっとタイトルを知りました。

それが「瞳の住人」です。

歌詞を見てみたら、なんだかものすごくラン光にぴったりというか、ランティスの心情に近いんじゃないかな〜と勝手に思ってしまいました。

まぁ、ランティスはキャラソン以外では「僕」とは言わないでしょうが(笑)

 

ランティスが直接呼びかけるときは「お前」ですけれど

光ちゃんと出逢ったばかりの頃のランティスの独り言というか、出せなかった(あるいは出さなかった)恋文のようなものなので

文章の上では「君」と呼んでます。(文面で「お前」と書けるのは、お付き合いを始めてからって感じでしょうか)

            このお話のイラストはさまよりお借りしています