春 咲 小 紅  -Hikaru-

「ランティス先輩!こっちこっち!」

人波に呑まれそうなほど小柄な少女が紅いみつあみを揺らしながらぴょんぴょん跳びはねつつ手を振っていた。

花冷えの肌寒さに羽織っている薄手のコートやウインドブレーカーはまちまちだが、剣道用具を携えた聖レイア

学院の制服着用の一団がいるので見間違えようもない。慌てるふうでもなく大きなストライドで悠然と歩いてくる

ランティスに光のほうが駆け出していた。

「おはようございますっ!」

「おはよう。…本当に俺が来ても良かったのか?剣道部員でもないのに」

他の誰でもない光に誘われたのだから、それ以外のことなど気に病むタイプでもないが、『なんで副会長が

来たんだ?』、『さあ…』的な会話がそこここで飛び交っているし、睨んでいる者が約三名(笑)いたからだ。

「大丈夫!ここにいる女の子の三分の一は部員じゃない応援の子だよ。剣道部員と言っても私だって中等科

なんだし。それに『上級者の試合を見るのも勉強のうちだ』って、いつも言われてるんだ。ね、覚兄様?」

すたすたと歩み寄る覚に光が同意を求めたが、覚は渋い表情のままだ。

「確かにそう言っているけどね。ところで僕が代理を頼んだ私立高等学校連盟生徒会役員交流会は今日だった

はずなんだが…」

「俺もミス聖レイアに代理を頼んだ。俺が出向くより上手く親睦を図ってくれるさ」

「………まったく………」

昨夜電話で話した時、空は一言もそんな話なぞしなかった。光の件に関して、彼女はランティスの肩を持っている

ようなので、敢えて口を閉ざしていたのかもしれない。

「そういえば…お前も剣道部員じゃないだろう?」

生徒会会長になった時点で剣道部長を後任(勝ち抜き戦を制した翔だ)に譲り、会長職に忙殺されて部活

どころではないはずだった。

「この交流戦は両校剣道部の指導者がともに獅堂流出身という縁で始まったからね。僕は聖レイア学院と

いうより、獅堂流総師範の名代として参じるんだ」

「なるほど。他府県の公立高校と定期交流戦なんて珍しいと思ったら、そういう縁か…。それなら俺にも

参加資格があるかもな。学院理事(両親)代理ってことで」

「……」

学院理事代理どころか、場合によってはいずれ理事長になるかもしれない、学院創始者の曾孫という立場に

あるランティスだ。

「…集合時間だ。全員揃っているなら動かないと、電車に乗り遅れるぞ」

もっともなランティスの言に覚が翔を振り返る。

「全員来ているか?」

「はい」

余計な奴はいるけれどとばかりに翔と優が睨んでいるがランティスはどこ吹く風だ。

「じゃあ、行こうか」

制服を着た一団が次々に改札を通り抜けて行った。

 

「ランティス先輩って、まだペンギンSuicaなんだ。週に五回もうちの道場に通うなら、学割じゃなくても定期券に

すればいいのに…」

「…そうだな…」

幾分(?)無愛想威嚇系の男子学生にペンギン柄は似合わないだろうかとランティスが考え込む。

子供の落書き風のとぼけたペンギンだが、昔からどうしてだかペンギンを邪険には出来ないでいるのだ。後生

大事にとまではいかないが、光お手製のハチマキを巻いた馬鹿でかいペンギンも棄てるにしのびずウォークイン

クローゼットで飼い続けているのだ。

あの馬鹿でかいペンギンを買った(のは母のキャロルだが←ここ力説)テーマパークでペンギン風衣装の

迷子を拾ったりしたせいで、ペンギンを棄てると迷子をほうり出すような罪悪感を感じてしまうのかもしれない。

迷子センターには送り届けたのだし無事に親元には帰れたことだろう。あの時、あと5分ベンチに戻るのが

遅れていたら、ランティス自身が迷子の呼び出しを食うところだったのだ。六年生にもなってそんな羽目に

陥ったら、あまりの格好悪さにじだんだを踏まずにいられなかったろう。父・クルーガーや兄・ザガートは何も

言わないだろうが、キャロルはイギリス在住の祖父母との国際電話のねたにすること請け合いだ。それどころか、

ピアノコンサートのトークねたにされていたかもしれない。あの頃は母親譲りのトウヘッドだったので、同じ

蒼い瞳と相まって『あれがいい年して迷子になった、キャロル・アンフィニの息子だ』と、後ろ指さされるところ

だった。(ランティスの被害妄想なのか母親の日頃の行いが悪すぎるのか…)

『そういえば…迷子のペンギンもみつあみだったか…』

電車の時間をチェック済みで間に合うのを見越してしんがりをゆったり歩くランティスと、先行している早歩きな

剣道部の一団の間の距離を気にしながら、双方の真ん中で光がちらちらとこちらを振り向くので、それに

合わせてみつあみが揺れていた。

『…まさか、な…』

なんとなくあの迷子も赤毛だった気もするが、ずいぶん前の話だしそんなに顔をじろじろ見ていた訳でもない。

概して黒髪の日本人でも小さいうちは髪の色素が薄いことも多いし、そんな偶然もないだろう。

光が剣道部とランティスの距離を気にしているのが可哀相になり、ランティスは歩く速度を上げた。

 

聖レイア学院剣道部の女子部員は高等科生が先方より少ないので、獅堂流総師範の末子である光も交流戦に

特別参加していた。いくら獅堂流総師範の血筋でも小学生と間違いかねない小柄な躰躯と中等科一年という

ことから、数合わせのゴマメと見る向きが強かった。

獅堂流剣道場に日参しているランティスだったが、光が剣道をする姿を見るのはこれが初めてだった。プラット

ホームで不良相手に見せた負けん気とは違う、静かな闘気が溢れている。

女子に先立ち男子のほうの試合が行われたが、獅堂三兄弟は三人三様の戦いぶりを見せていた。正確に

言えば現剣道部長の翔も中等科生ではあるが、次兄や並み居る高等科生を打ち負かした腕前を見たくない

はずがなく、部長対決として一戦行われていた。

兄たちのうちでは覚の雰囲気に一番近いだろうか。落ち着き払った構えに、相手のほうが呑まれている。光に

隙がなく、打ち込みあぐねているのが見ていてよく解る。なるほど覚の言うように『上級者の試合運び』は

見るだけで勉強になる。年齢制限が厳しいので公式認定はされないが、光の実力はやはり参段相当ぐらい

なのだろう。正式に始めたばかりのランティスなど、光に勝てるのは持って生まれた体格だけだ。

焦れて先に動いたのは相手だった。20センチ近く身長が違うのでリーチの差でなんとかなると思ったのか、

あるいはほんのひと月前までランドセルを背負っていたような子供に気迫で圧されてなるものかと勝ちを

急いだのか、光が一本を取るには十分な隙が見えていた。

大上段に構えた相手の竹刀が振り下ろされるよりもすばやい動きで、胴をを払っていた。

「一本!聖レイア、獅堂!」

『速えぇ!』

『県大会ベスト4が形無しじゃん…』

『うーん、獅堂の名前は伊達じゃねえなぁ』

そんな声が二人のところまで届いていたのだろうか、礼をしたあとの光は試合中とは別人のような気まずげな

顔で尋ねた。

「あの、もしかして…手加減してくれてたんですか…?」

手加減するつもりはなかったが、正直見くびっていたかもしれないと答えあぐねているその選手の肩をコーチが

ポンと叩いて笑った。

「だからちんまい見てくれに騙されるなって言っといたろ。油断大敵ってな」

「う゛…、ちんまいって…。私だってそのうち大きくなるんだから…」

知己の相手校コーチを軽く睨むが、中一の身体測定の身長は小六の時と1ミリたりとも変わっていなかったという、

嫌な事実を思いだしてしまった。

兄三人のように(いや、あれだと行き過ぎでは…?)大きくなれるか、三兄弟が母体の栄養を根こそぎさらっていった

残りなのか、考えても仕方のないマイナススパイラルが頭をもたげていた。

 

 試合には勝ったというのに、帰り道の光はまだ元気がなかった。

「…私って、そんなにちんまいかなぁ…」

頭上53センチから、返事の声が降ってくる。

「俺もこんなに伸びたのは中三ぐらいからだ。まだ一年生だし気にすることもないだろう」

ちっちゃいままでも可愛いのに、とまではなかなか口に出せないらしい。

「なんだか…朝通った時より、すごく人が多いね」

「アリーナでライブでもあるんじゃないか?」

「あ…昼の部と夜の部の間に行き当たっちゃったのかな…」

言われてみれば道行く人の中には応援グッズを手にした一団も見受けられた。ただでさえ人波に埋もれそうな光が、

大きな剣道用具入れを担いでいるので、すれ違う人に引っ掛けられてしまっていた。

「すっ、すみませんっ!……うにゃあ!」

はぐれてしまわないようにとランティスがぐっと光を抱き寄せ、ついでに大荷物を取り上げた。

「先輩っ、あの自分で持ちますから…っ」

光が大慌てしてもランティスは取り合わない。

「俺が持っているほうが、大荷物があると目立つからな。相手も避けるだろう」

満員電車の中などで床置きされた荷物に足を取られたことは光も一度や二度はあるので、その理屈はよく解った。

「すみません。……あれ、メールだ。ちょっと失礼します」

一言断りを入れてスカートのポケットから携帯を取り出し素早くチェックする。

「…剣道部のメーリングリスト…?。『混雑が激しいのでここで解散。各自気をつけて帰宅のこと by獅堂翔』

だって」

少しのんびり歩いていた光とランティスは他の剣道部員とははぐれてしまっていた。

光がメールを読み上げているとランティスのほうにも着信があった。

「『光と一緒なら最寄り駅までは見届けてくれ 獅堂覚』。…あいつもたいがい心配性だな」

覚に言われるまでもないし、最寄り駅と言わず当然家まで送るつもりのランティスだ。

「覚兄様ったら。小学生じゃないんだから、もう…」

どこでいつぞやの不良に出くわすかもしれないと、覚も気掛かりなのだろう。

「わっ、また来た。今度は優兄様からだ。『狼に注意!』……街中で?動物園以外で見ないと思うんだけどな」

「………」

光はどうやら四つ脚で毛むくじゃらの本物を思い浮かべているようだが、優が言っているのは間違いなく

ランティスのことだろう。よもや注意喚起のメールを当の『送り狼』に見せるとは思っていなかったらしい。

ご期待に応えなければ悪いだろうかなどとランティスが考えていると、光が立ち止まって人の間を縫って

何かを捜していた。人の流れに逆らいながらランティスが光の腕を掴む。

「ぼんやりしてるとはぐれるぞ」

「さっき人が途切れた時、キョロキョロ誰かを捜してるちっちゃい子がちらっと見えた気がして…」

光の視線を追ってみるが、ランティスの視界に入るのは行き交う大人の頭ばかりだ。

「見当たらないが…」

「やっぱりいた!」

低い視点のほうが捕捉しやすかったらしい。腕を掴まれているのも気にせず光が歩き出すので、ランティスも

人波を突っ切る羽目になった。光だけなら文句を言おうとした手合いも、馬鹿でかい番犬を見ると慌てて口を

つぐむ。

「どうかしたの?父様や母様とはぐれちゃったのか?」

素知らぬふりで通り過ぎる人たちの顔を必死になって見ていた女の子がびくんとして光とランティスを交互に

見上げた。みるみる潤み始めた瞳に、ランティスがギクリとなる。

「ううっ…、マ、ママぁ〜〜っ!」

わんわん泣き出してもう状況説明どころではないらしい。通りすがりの人たちの目が『何を泣かせてるんだ…』と

迷惑げだ。心配して声をかけてみたものの、これほど盛大に泣かれるとは思ってなかったのか、光も多少は

狼狽していた。

「あのっ、えっと…、そんなに泣かないで。ママを捜そう?お名前はなんていうのかな?」

「うっく…えぐっ……くぅちゃん」

「くぅちゃん?」

ミス聖レイアもそんな名前だった気はするが、この子と同じ年頃でもこんなふうに泣きじゃくる姿は想像が

つかないなとランティスは内心で苦笑していた。ランティスは周りを見回して現在位置を把握すると光に告げた。

「ヒカルはその子とここで待ってろ。駅員を呼んでくるから」

「はい」

ランティスが人波を縫って行こうと背を向けると、ひときわ大きな声が響いた。

「うわぁん、パパぁ〜〜・・・」

パパではないのだからそのまま知らない顔をすればよかっものの、反射的に振り向いてしまったがために

周囲から非難の視線が飛んできた。

聖レイア学院の制服はブレザースーツだ。今日のランティスはいつぞやのマントではなくコートを羽織っていた。

学年章もつけてはいるが、他校のように数字ではなく十二星座のゾディアックサインなので、知らない人から

見ればどこかの社章のようにもみえるだろう。

比較的年齢より若く見られがちな日本人と違い、大人びた顔立ちのランティスは見ようによっては新卒の

サラリーマンぐらいに見えなくもないのだ。

悪意はないのだろう(あったらシメてやる…)がランティスのほうを向いてパパと連呼する幼子と、なかばフリーズ

しているランティスという図式に周りの空気が微妙に変わっていた。

『…若いパパだな〜』

『あの赤毛の子がママ…まさかね』

『今時の娘(コ)は発展的だから…』

そんな不躾なひそひそ話がランティスの耳を掠め、なにゆえ迷子を拾おうとしただけで、通りすがりの赤の他人に

このような曲解をされねばならないのか頭がくらくらしそうだった。迷子のペンギンを送り届けただけなのに、

迷子疑惑をかけられてしまった嫌な過去が蘇る。

『…まったく…、迷子に係わるとろくなことがない…』

そうは思ってもこのまま知らぬ顔も出来ない。

「あの……、私、ちゃんとこの子と待ってるから、行っても大丈夫だよ先輩」

駅員を捜しに行きかけていたランティスが振り向いたまま固まっているので、小首を傾げつつ光が言った。

『健気だねぇ』

『やっぱ幼妻?』

『いくつで産んだんだ、あの子…』

信号待ちか何かでつかえているのか、流れの悪くなったライブ客らの格好の暇つぶしネタになっている

らしかった。光の耳には届いていないのか、まさか自分がそんな目で見られていると思ってもみないから

右から左に受け流しているのか判らないが、このまま光を置いていくのも憚られた。

「こっちまではぐれそうだな。一緒に行くか?」

「ここから動かないほうがいいかなとも思ったけど、埋もれて見えないよね、私とこの子じゃ…。あ、そうだ!

先輩が抱っこしてあげればいいんじゃないかな?きっと目立つし。もう泣かなくていいんだよ、高い高いして

もらおう、ね?」

ランティスが光の提案に返事をするより先にそんなことを言うと、人見知りしないたちなのか、『だっこ!』と

手を伸ばしてきた。そんなことをしたらますます曲解されそうだと思いつつ、光の発案なので無碍にも出来ない。

光のそばに置いていた剣道用具入れを左肩に担ぎ、右腕でその子を抱え上げる。さっきまでぐずぐず泣いて

いたのが嘘のように、きゃっきゃと喜んでいる。

「剣道具は自分で持つよ」

「いやいい。はぐれないように袖でも掴んでてくれ」

「うん。くぅちゃん、やっと笑った。高くていいね〜」

きゃいきゃい喜んでいる子供を抱っこしていく二人の後ろ姿を、その場に居合わせた人たちは誤解とともに

見送っていた。

 

駅員室に預ければそれでよしと考えていた二人だったが、迷子に気に入られ過ぎたばっかりに本当の親が

引き取りに現れるまで足止めを食らってしまっていた。

『パパ、パパ』と妙な懐きかたをされたせいで、子供を育てられない、あるいは育てたくない若いカップルが

子供を棄てようとしていると、そこでも勘違いされたのだ。

正面切ってそう言われたランティスは、冗談にもほどがあると当然の如くに反論したが相手は取り合わない。

どこの世界にわざわざ身許の特定しやすい制服着用でそんなことをする馬鹿がいるかと怒鳴ったら、どうやら

数年前に実例がいたらしい。呆れて二の句が継げないランティスに光が笑いかけた。

「ここに置いて行っても駅員さんたちが大変だから、もう少しこの子と遊んであげよう、先輩」

「いつ親が現れるか判らないんだぞ。本当に保護責任者遺棄ならどうする気だ?」

それほど言葉が解る歳には見えないが、小さな子供の前で『棄てられた』などと言えないランティスがわざと

難しい言い回しをする。

「その時はもう警察の領分だよね。DNA鑑定でもすれば疑いは晴れるよ。うちの門下の人が県警本部に

いるから、いざとなったら連絡入れるし。身奇麗にしてるし、よそ行きな感じの格好してるから、ネグレクトとかの

心配はないんじゃないかなぁ…。きっとこの混雑で捜せずにいるんだよ、この子の母様…」

「…仕方ないな。ヒカルは家に電話を入れること」

「うん!」

今ならまだ三兄弟も帰途で煩く騒がれずに済むだろう。獅堂夫人はランティスを信頼しているので、電話を

代わり送り届ける旨を告げると二つ返事をしてくれた。小さい子供の相手をすることに慣れているのか、裏の

白い不要な紙と書くものを借りると一緒にお絵かきをして遊び始めていた。

「ヒカルは兄妹の一番下なのに、面倒見がいいんだな」

「そっかな?下の兄弟連れて道場来る子もいるから、時々遊んでるだけだよ」

さっき大泣きされた時も、ランティス同様驚いていたもののあっという間に落ち着かせていたのだ。

「それにね、昔のことをちょっと思い出したんだ。私も迷子になって、覚兄様ぐらいの歳の知らないお兄さんに

助けて貰ったことがあって…。夏休みの宿題の絵に描いたぐらい、スッゴく格好いいお兄さんだったんだよ!

……そのお兄さんにはもうお礼を言えないから、その分、他の誰かに返そうかなって…」

光に迷子の前科があったことに驚きつつ、その誰かが善意の人であったことに感謝せずにはいられない。

(いやランティス君、貴方ですが?・爆)三兄弟の過保護の副産物で人の悪意を疑わない光など、あっさり騙されて

さらわれかねないのだから。

 

 

かくして『光を助けてくれたお兄さん』を今の自分たちの年齢と思い込んでしまったランティスがそれ以上

突っ込むこともなく、過去の遭遇の事実は埋もれたままとなったのだった。

 

  

アリーナ併設の託児ルームに子供を預けてママ友とライブを楽しむつもりでいた母親は、ちゃっかり一時間ほど

楽しんだあとで駅に舞い戻ってきた。『中を捜しているうちに開演時間になり、休憩までは出入りが出来なかった

から』と取って付けた様な言い訳をして、駅に出向いてきていた警察官にこってり搾られていた。ランティスと

同じくらいに背の高い警察官にも『パパ、パパ』と懐いていたので、『隠し子疑惑』はなんとか晴れていた。

似ても似つかない二人をパパ呼ばわりするのを不思議に思っていたら、単身赴任中のその子の父親はかなり

上背があるのだという。ほとんど帰って来られない父親の顔をちゃんと覚えていないようで、ただただ背の高さ

ばかりが幼心に残っているらしい。

結局こちらの容疑が晴れるまでに二時間近くも拘束されたので、相手が年上だろうと説教のひとつやふたつ

かましてやろうと口を開きかけたランティスの袖を、光がつんつん引っ張り小さく首を横に振っていた。

女の子の頭を撫でながら、光が笑いかける。

「もうお手々離しちゃダメだよ、くぅちゃん。バイバイ」

「バイバイ」

駅員室を出て、今は人もまばらなホームで電車を待ちながら、自動販販売機に小銭を入れてランティスが声を

かけた。

「こんな物で悪い。店でのんびりするとますます帰りが遅くなるからな」

「あの子に関わるって決めたのは私なのに…。ごめんなさい」

「まあ、見つけたものを放置も出来ないからな。好きな物を選べ」

一通り眺めて、一番甘そうなホットミルクティーのボタンを押す。ガタンと落ちてきた缶を光に手渡すと、いつもは

ブラック党のランティスが珍しいことに微糖タイプのコーヒーを買っていた。

「先輩が砂糖入り買うの、初めて見た…」

「だろうな。初めて買った。精神的にぐったりきたときは、これもありかもしれん」

「小さい子供は苦手?」

「あまり接する機会もないからな。それより、さっきは何故止めた?」

「だってお説教モードの顔してたから」

「当たり前だ。自分の子供の行方が判らないのにライブだなんて…」

やっぱりという顔で、光が小さく肩を竦めた。

「結果くぅちゃんは無事だったんだもん、許してあげようよ。くぅちゃんの父様は単身赴任だって言ってたでしょう?

きっと普段は一生懸命一人で子育て頑張ってるんじゃないかな。お母さんにだって息抜きは必要だよ?最近は

核家族がほとんどだから、誰にも頼れないお母さんが発作的に子供に当たっちゃうこと、多いんだって。だから

事情をよく知りもせずに責めちゃだめだ」

ずいぶん大人びたことをいうと目を瞠っていると、光がぺろりと舌を出した。

「…ってことで、町内でも若いお母さんをサポートする話が出てるんだって。一時預かりとかそういうので…。

道場やっててそこそこ広いし、始終誰かがいるでしょ?うちは。それで自治会の人と母様が話してたから…」

 

まだまだ子供だなんて思っているのは、純粋培養の世間知らずだなんて思っているのは三兄弟と自分だけで、

光は光なりの目線でちゃんと世の中を見据えているのだということを改めて認識させられた春の日曜日だった。

 

 

 

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くぅちゃん…ランティスと光が拾った迷子。ダイハツ クーより。

 

ラジオで耳にした矢野顕子さんの春咲小紅が懐かしくて、ついついSSに・・・

時間軸としては、球技大会の応援合戦直前ぐらいになります

 このお話の三種類の壁紙はさまよりお借りしています