ハネウマライダー act.3 じゃじゃ馬ならし
新しい柱が望んだ、新たな秩序の下に動き始めたセフィーロには「四季」が生まれ、今は「真夏」という
時期を迎えていた。
十九歳の誕生日を迎えた紅い髪に紅い瞳の娘を連れ、黒髪の魔法剣士は涼を求めて精霊の森の泉を
訪れていた。娘はひざまずき、澄み切った泉に指先を浸した。
「綺麗な泉…。冷たくて気持ちいいなぁ。入ってもいい?」
「水辺だけならな」
光はサンダルを脱いで、ぱしゃぱしゃと泉に入りこんで行く。
「ランティスも入れば良いのに…って、鎧じゃ無理か」
午前中、城で剣術指南をしていたランティスは、昔見慣れた黒の鎧を身につけていた。軽く木にもたれ
掛かって、ランティスは水と戯れる光を見つめていた。
『あの頃は小さな泉だったが、今は湖と言えるぐらいだな…』
荒廃を経たセフィーロの再生は、まったく元通りという訳ではなかった。中心となったその娘は元の
セフィーロを知らず、世界を支えることなど考えたこともなかった人々も明確なイメージを持ちきれなかった
からだ。それでも人々は新たな土地での新しい暮らしを受け入れ、穏やかな日々の営みを取り戻しつつあった。
「うわっ!?」
物思いに耽っていたランティスの耳に、短い悲鳴と派手な水音が飛び込み、光の姿が水に沈んだ。
「ヒカルっ!」
鎧のまま泉に駆け込んだランティスの目の前に、頭のてっぺんまでずぶ濡れの光が立ち上がった。
「水草踏んで滑っちゃった。えへへ」
「だから水辺だけならと言ったろう?」
「濡れちゃったものはしょうがない。このまま遊んじゃおうっと」
もうどれだけ濡れようと構ったことじゃないとばかりに、光は水面に飛び跳ねる小さな魚を追いかけて
ザバザバと泉に入っていく。水を含んだ白い薄手のブラウスがぴたりと光の身体に張りつき、透けてラインが
見えてしまうので、ランティスは幾分目のやり場に困っていた。
『服の上から胸に触れただけであんなに怯えてたくせに、見えるのは気にならないのか…?』
そう言うにも言えず、微妙に顔を背けているランティスに、子供っぽいことをすると呆れられたと勘違いした
光がほんの一瞬むっとして、そのあとパッと顔を輝かせた。軽くかがみ込み、指を絡めるように手を組み
合わせた光はにこっと笑ってランティスを呼んだ。
「ランティス、来て!いいもの見せてあげる!」
目のやり場に困っていても、光にそう言われれば行かない訳にはいかない。
「魚でも捕まえたのか?」
「えへへっ」
そうでなくとも小さい手の光が指を組んで囲っているのだから、よほど小さいものなのだろうとランティスが
覗き込む。
ピシューッ!!
「やったぁ!!」
「…ヒカル……」
小さな手のわりにはやけに勢いがいい水鉄砲は、ものの見事にランティスの顔に命中していた。
「子供っぽいって呆れてた罰だよっ!」
十二分に子供っぽいことをやっておいて、ぺろっと舌を出した光が岸から離れるほうに駆け出したので、
ランティスは慌てて追いかけた。
「ヒカル、そっちは…!」
深みになっているから駄目だと叫ぶ前に、悲鳴を上げる間もなく光がはまり込み、鎧姿のまま肩まで泉に
入り込んだランティスの右腕が光の身体を引き上げた。ケホケホとむせ返る光を小さい子供のように立て
抱きし、膝下の防具の継ぎ目から水を滴らせたランティスが岸に上がってひざまずき、光を下ろした。
「…この、じゃじゃ馬…!」
「ご…ごめんなさい…」
人並み以上に出来る自信があっても、鎧の錘付きで泳ぐのはいかにランティスといえどもぞっとしない
話だった。光にしても臨海学校で遠泳に行ける程度には泳げるのだが、浮力の少ない淡水で着衣のまま
深みにはまり込んだのには、少なからず恐怖感があったらしい。ランティスにぎゅっとしがみついたまま、
心臓は早鐘を打っていた。
「大丈夫か…?」
「うん。ふざけすぎだよね、ごめんなさい」
「ヒカルが無事ならいい」
ランティスはまだ足に力が入らない光をしっかりと抱きしめ、落ち着かせるように背中をとんとんと叩いていた。
ようやくしがみついていた腕を緩めて申し訳なさそうな顔で見つめてくる光の顎を掬い上げ、ランティスは
そっとくちびるを重ねた。羽根のように軽いキスをいくつか交わしたあと、ふいに光がランティスから顔を背けた。
「…っ、くしゅん!」
「いくら真夏でも冷やしすぎだな。少し待ってろ」
ランティスは立ち上がると、しばらくの間気配を探っていた。
「もう泉には入るなよ。エクウス、ヒカルから目を離すな」
愛馬にお目付け役を言い残し、ランティスは背中から魔法剣を引き抜き、青白いひかりの刃を煌めかせた。
光からも見える一本の木の前で立ち止まると、呼吸を整えて、目にも留まらぬ速さで薪の山を作り上げた。
「居合斬り…の、高速連続版…??」
居合斬りで切るのは藁の束か、せいぜいが竹ぐらいではなかっただろうか。光の肩幅より遥かに太い木を
切るなら剣より斧の領分だろう。薪の山を抱えて来たランティスに、光は賞賛のまなざしを送っていた。
「凄いなぁ!あんな木まで剣で切り倒せるんだ!私も練習したら出来るかな?」
こんなことまでやりたがるおてんばぶりに軽い頭痛を覚えつつ、ランティスは苦笑した。
「エスクードの剣でやる気か?刃こぼれでもしたら、プレセアの手を煩わせることになるぞ」
「う〜ん、遊びでそれはダメだよね。やめておく」
薪を組み上げているランティスに、ふと眉を曇らせた光が尋ねた。
「私が悪いんだけど…、木を切り倒しちゃって、妖精さんたちに怒られない?」
「枯れたものを選んである。気を読めば判るだろう?」
「う…、判らなかったから聞いたんだよ」
「ヒカルなら、慣れれば判る」
組み上げられた薪に『キャンプファイヤーでもするみたいだ』と光はくすりと笑みを零したが、火種が無い
ことに思い至った。
「ランティス、それ、どうやって火をつけるの?稲妻招来?」
ランティスは無言で光を指さした。
「わっ、私?!」
「お前は炎の魔法が使える」
プレセアの提案で戦いを終えた(そして二度と戦うことがなければいいとの願いもこめて)魔法騎士の
グローブを、アクセサリーとして使えるサークレットに作り替えていた。(もちろん必要とあればグローブにも
チェンジする) ちなみにそれぞれ持ち主の意向から、光はランティスとお揃いでサークレット、風はティアラ、
海はブレスレットに仕立ててもらっていた。
「自慢じゃないけど、魔法騎士の魔法って、手加減なしっていうか、パワー全開っていうか…。暖まる前に
炭化しちゃうよ」
「戦いの間はそれでもよかったろうが、少しは加減も覚えたほうがいい。意識的にやれば出来るはずだ」
「そうかな…」
自信なさ気な光の肩を、ランティスが励ますようにぽんぽんと叩いた。
「最初は俺が調整してやる。だからやってみろ」
一応安全を考慮して、木立を背にして泉に向けて魔法を放つ位置に光を立たせる。光の魔法の発動を
妨げないように、ランティスは右手で光の左肩に触れていた。
「ほの…」
『炎の矢!』と唱えようとした光の肩を、ランティスがぐっと掴んだ。
「まだだ、ヒカル。ちゃんとイメージするんだ。何をしたいか、どのぐらいの力が必要なのか」
「薪に火をおこして暖まりたい…。あれに着火出来る程度の炎。やり過ぎちゃダメだ……。炎の…、
ううん、違う……。胸の奥が熱い……。何か、言葉が浮かんでくる………。『揺らめく炎っ』!」
怒涛の炎で弾き飛ばすでなく、一気に炭化するでもなく、ちゃんと薪が燃え始めていた。
「やった!新しい魔法だ…!」
「出来たじゃないか」
ランティスは光の肩を抱いて薪へと歩み寄った。
「ランティスが調整してくれたからだよ」
「いや、俺はしていない」
「えっ?」
「森に延焼でもするなら止めるが、薪ぐらい吹っ飛ばされても少し寒いだけだ。だから、最初から
調整する気はなかった」
悪びれる風もなくサラリと言ってのけたランティスに、光が膨れっ面になった。
「あーっ、引っ掛けたんだね!?」
「さっきのお返しだ」
おてんばな光と過ごす日々は、何故だか二代続けて曲者だったフェラーリを馴らしていた頃と、ランティスの
中では妙に重なってしかたなかった。
『じゃじゃ馬も、…ハネウマの一種か…』
この三代目がきっと一番手強いだろうと、ランティスは二代目のエクウスとこっそり目線を交わすのだった。
2010.1.31
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仕事中、有線でかかったポルノグラフィティさんのハネウマライダーを聞いてて思いついたお話(あちらはバイクでしたが・笑)
和服のイラストも多い光ちゃんですが、三人娘の中では一番のおてんばさんかなぁと…
じゃじゃ馬は「利かん気のおてんば娘」(goo辞書より)ぐらいの意味合いです
当初は「昔は白馬に乗っていた」ぐらいの話が書けたら良いなと思っていたのに、跳ね馬の変換が羽根馬になったりしたことから
「ペガサスだって白い馬だ!」(作者の偏見をお詫びします)と、話がどんどん長くなり(いつものことか・自爆)
お話の時間軸としてはact.1が「課外授業」のあと、act.2がいつとはいえない昔(笑)、act.3が「step by step」のあとになります
「14days」を書き始めた頃は、「セフィーロの人って長生きだし、150年足らずで魔法剣士になれてたらいいかなぁ」とか思ってましたが、
act.2の認承式の時点でまだ20歳にもなってないかと…(で、彼はいくつなんだろう←稲妻招来ものの禁句?)
このお話の壁紙はAmourPegasusさまよりお借りしています