幸せな食卓

 

 ――二月(セフィーロ暦:宵の地の月)のある日のこと。

 昔の常春のセフィーロを知る身には異国の出来事のようだが、城から辺境に至るまで

一面の銀世界になっていた。城下町に程近い森にあるランティスの家も例外ではなく、

このばか寒い中、光とレヴィンは家の周りに雪だるまを量産していた。

 「あの人形(ひとがた)は何の呪い(まじない)だ…?」

 単に作って楽しんでいるだけなのだが、魔導師としてもハイクラスなだけに、妙な発想に

なっていた。書斎の窓辺から覗くランティスに気づくと、子供二人…もとい、妻と子供が

ぶんぶんと手を振ってきた。

 光の『出ておいでよ!』オーラに気づかぬフリをして軽く手を挙げて答え、ランティスは

書棚のほうに歩み寄る。ここにあるものはランティスの本ばかりだが、光が里帰りした

ときに、ランティス向け(趣味に合うかどうかはまた別問題・笑)に持ち帰る本も時折増殖していた。日本語・

英語程度なら、読み書きには困らないランティスだ。見慣れない一冊を見つけてランティスが

手を伸ばした。

 「『アウトドアライフ 男の手料理・ジビエを極めよう!』……?」

 ジビエとはなんだとパラパラとめくると、マガモやシカなど、野生動物の肉をさすフランス語

らしかった。狩猟はセフィーロでも行われているが、光は動物好きということもあって自分で

狩ることは好まない。とはいえベジタリアンではないし、ランティスやレヴィンの栄養バランスを

考え、市で売られている物なら買って調理していた。

 「これは…、どういう意味なんだ…」  

      一、たまにはご飯作って! 

      二、もっと踏み込んで、自分が不得手な野生肉使った料理して!! 

      三、単にセフィーロの肉類が地球で食べていた物より野趣溢れているので、   

         味つけの参考に持ってきた 

      四、特にこれといった意味はない

 旅していた頃を思い出しつつ、持ち帰り仕事もないランティスはそれを読み耽っていた。

 「野ウサギのシチュー……。あったまりそうだな」

 ウサギはセフィーロでいうラパンだ。この時季はもう冬眠しているし、ジビエの旬は脂ののった

冬眠前の季節らしい。

 「そういえば、ラパンに似た物なら居たな…」

 ニューイヤーカードのシャシンにしたあれは代わりにならないだろうかなどと、アクマな

考えがランティスの脳裡を掠めた。

               

 「あー面白かった!ねぇランティス、今晩何食べたい?寒いからあったまるシチューでも

しようか…?」

雪だるま警備隊の配置を完了した光が書斎のドアを開けてそう言うと、ランティスは手に

していた本を示して答えた。

 「旨そうなものがあったから、今夜は俺が作ろう」

 「…手伝おうか?」

 光の体調が良くない時などは、口当たりがよく栄養のあるものをさっと用意するランティス

なので、全く料理の出来ない男ではないが、さすがに少し気が引けていた。

 「いやいい。ちょっと材料を仕入れてくる。寒いからレヴィンと家に居てくれ」

 いかに安全なセフィーロとはいえ、ミゼット(≒幼稚園)に上がる前の子供ひとりで留守番は

させられないし、さんざっぱら雪遊びをしたのでお風呂に入れてもやりたい。

 「じゃあ待ってる。行ってらっしゃい

 

 お風呂でレヴィンの身体を洗ってやりながら、光はワクワクしていた。

 「父様が作ってくれるのは何のシチューなんだろうねぇ?」

 「ラパン(ウサギ)、タント(タヌキ)、ラッシュ(イノシシ)、んーっと…フェあーい(跳ね馬)!!」

 「…? フェ、ラー、リ、だよ、レヴィン。途中のら行がまだ苦手だね。馬は馬でも、跳ね馬は

精獣だから食べられないよ。お外でいっぱい身体動かしたから、お風呂のあとは絵本を

読もっか?」

 「うんっ!」

 ミゼットの設立者だからか、はたまた風の影響か、さりげなく教育熱心な光だった。

 

 暖炉の傍で絵本を読んだり、紙芝居を見たりして遊び疲れたレヴィンは夕寝をしていた。

 「あんまり寝かせ過ぎちゃダメだし、起きたら食べたがるだろうしなぁ…」

 扉が開いた気配がしたように思ったら、やはりランティスが帰ってきていた。

 「ただいま……」

 子供が生まれてからは特に厳しくしつけられ(爆)、ようやく違和感なく言えるようになっていた。

      (単に「行ってらっしゃい」&「おかえり」のキスに釣られただけかもしれない)

  「……おかえりなさい!寒かったでしょ?お風呂にしない?」

 背伸びしても届かないので、少しかがんだランティスにキスをした光が問い掛けた。

 「いや先に支度する。いつもならレヴィンは夕飯を済ませてる時間だろう」

 「まあね。シチューにあいそうなお野菜切ってあるから、適当に使って」

 「ああ」

 

 「母様ぁ、おなかすいた…」

 夕寝から起き出したレヴィンがべそをかいていた。

 「待たせたな。出来たぞ」

 「はーい!レヴィン、行こ!」

 ダイニングテーブルにはほかほかと湯気の立つ美味しそうなシチューが鍋ごと置かれて

いた。

 「うわぁ、美味しそう。すぐによそうね」

 光はいそいそと食器を用意して、シチューを取り分ける。

 「いただきまーす。待ってね、レヴィン。いま冷ますから」

 ふーっ、ふーっと息を吹きかけ、温度を確かめるのに少し口をつけて

 「んまっ♪」と舌鼓を打つと、「あーん」と言ってレヴィンの口を開けさせる。

 「今日は父様が作ってくれたんだよぉ。美味しい?」

 「うん!」

 レヴィン用の次の一口を冷ます合間に、自分もシチューを口に運ぶ。もぐもぐと肉らしき

ものを咀嚼するが、これまで光が使った素材とはやはり違うように思えた。

 「噛めば噛むほど味わい深いね。癖になりそう。これってなんのお肉?」

 「何だと思う?」

 ランティスが小さく笑う。

 「判らないから聞いてるのに〜!」

 「気に入ったならまた作ってやる」

 「ホントに!?じゃあまたランティスに時間があるときにリクエストしようかな♪」

 「母様ぁ…、あーん!!」

 雛鳥のように口をあけて待つ甘えん坊の一人息子を、ランティスが諭した。

 「そろそろ冷めただろう?自分で食べなさい」

 「・・・はい、父様」

 厳しい父(笑)に雷を落とされないよう、自分でスプーンを持ってシチューを食べ始めた

レヴィンを光はにこにこしながら見ていた。

 「あー、偉いなぁ、レヴィン。もうじきミゼットに通うんだもん。自分で食べられるよねー?」

 

 そうしてランティス家の冬の夜は更けていくのであった。。。。。

 

 

 

 ・・・・ランティスが狩ってきた獲物は内緒ってことで・・・・ww

 

                                                                     

                                                                     2012.1.20 up

                                                        (2011年のお年賀ネタに絡めたweb拍手より一部改稿して再録)

 

 

       文中のハートとこのお話の壁紙はさまよりお借りしています