桜色舞うころ
「母様ぁ?…母様、どこ…?」
ほんの少し舌ったらずで微妙に『かあしゃま』に聞こえる幼い声が心細げに廊下に響く。べそをかきながら
母を捜す愛娘の気を感じ取り、ランティスがやりかけの仕事を置いて書斎から顔を覗かせた。
「どうした?メイフェア」
「父様ぁっ!」
膝をついて子供の目線に合わせたランティスに、ふわふわと紅いおさげを揺らしたメイフェアが縋るように
抱きついた。
「あのね、母様が兄様とメイフェア置いて、遠いところに行っちゃったの。お昼寝から起っきしたら、やっぱり
母様いないの。メイフェア、置いてかれちゃった〜っ!」
どうやら置き去りにされる夢を見て起きたところに、本当に母の姿が見当たらなかったのでパニックを
起こしたらしい。えぐえぐと号泣する娘を縦抱きして立ち上がると、ランティスは優しく声をかけた。
「それじゃあ、母様を捜しに行こうか」
メイフェアの背中をトントンと宥めるように叩きながら、ランティスはゆっくりとある場所へと歩き出した。
城下町から少しセフィーロ城寄りの森の中にランティスたちの家はある。結婚してしばらくの間は城住まい
だったが、二人目のメイフェアを授かる前にこちらに居を移していた。家を出て、木立を歩いていると、限りなく
白に近い薄紅の小さな花びらがさやかな風に乗りひらひらと舞い散っていた。
「綺麗なものだな…」
ようやく泣きやんだメイフェアが、風に舞う小さなかけらを掴まえようと、「えいっ!」っと何度も空振りをしていた。
ここから遥か遠い妻の生まれ故郷では、もっとたくさんのこの花が咲き乱れ、花の季節の終わりには吹雪のように
花びらが舞い散るのだという。
二人の捜し人は、やはりその木の下に佇んでいた。
「母様っ!」
じたばた暴れて下りることを主張する娘を、ランティスがひざまずいて解き放つ。ランティスの幼い頃に生き
写しの少年を連れたその人が振り返る。
「あれ、ホントにメイフェア起きちゃってたんだ。いつもはもう一時間ぐらい寝てるのに…」
「だから僕がさっきから言ってたでしょう?!『メイフェア、起きちゃったよ』って」
「レヴィンって、気配に敏いところまで父様似なのね。母親になっても子供の気配が解らない私って、やっぱり
ニブいのかな?」
苦笑しながらひざまずくと、飛びついてきたメイフェアをしっかりと抱きしめる。
「母様っ!メイフェアのこと、置いてかないで〜っ!」
「どうしたの?ここに居るでしょう?」
「お前に置き去りにされる夢を見たらしい」
「ランティス…」
子供が生まれてからというもの、光は東京への里帰りをなるべく日帰りで済ませていた。それでもランティス
並に気配に敏いレヴィンや、それにはやや及ばないとは言え、光よりはかなり敏感なメイフェアにしてみれば、
このセフィーロから母親の気配が消えてしまうことはなかなか衝撃的なものであるらしかった。
そういう日は気が紛れるように、城へ連れて行って近い年齢の子供がいる風に預けたりもしているのだが、
それだけではごまかしきれなくなってきたらしい。
明日の朝から里帰りをしようとしていた光はちらりとランティスと目線を交わした。
『これは、マズいかな…』
『俺も休みを取っているし、レヴィンも居るから大丈夫だろう』
両親の無言のやり取りを聞くともなく聞いていたレヴィンが、妹の髪をぽむぽむと叩いた。
「メイフェアは母様に会えないと淋しいかい?」
「うん!」
「父様と僕がいても?」
「母様はトクベツだもんっ!」
「だけど母様だって、自分の母様に会えないと淋しいんだよ?」
「母様の…母様?」
「お祖父様やお祖母様や伯父様たちの写真、母様に見せていただいてるだろ?」
「あ、このお洋服とラパン(正確にはミッフィちゃんだったのだが)のぬいぐるみくれた…」
「母様の生まれた国はとっても遠いから、父様や僕らは一緒に行けないんだ。お祖父様さまたちもセフィーロには
来られない。だからいつも母様が撮ってる写真を楽しみになさってるんだよ」
こんな風に下の子に理詰めで説明するさまなどは、父親の自分よりむしろレヴィンが知らないはずのザガートに
似ているかも知れない。ずいぶん兄らしくなったなと感慨深げにランティスが眺めていると、レヴィンはとんでもない
ことを言い出した。
「メイフェアがいい子でお留守番していたら、母様はお土産にチョコレートを買って来て下さるかもしれないよ?」
「チョコレート!?メイフェア大好き!」
「亨(とおる)=レヴィン!」
ランティスが子供をフルネームで呼ぶのは、「カミナリを落とすぞ!」のサインだった。レヴィンは両手を身体の
脇にぴたりとつけて直立不動になった。
「はいっ、父上」
「妹にきちんと言い聞かせるのは兄らしくて良いが、最後の物で釣る態度はいただけないな」
「お言葉ですが、父上。場合によっては『取引』をするのも戦略だと、ミスター=プレジデントに先日レクチャーを
受けました!」
ランティスのこめかみがぴくりとひくついた。
『あいつは…。短期留学のたびに、レヴィンに妙なことばかり吹き込んで…』
四国間の次世代交流の一環として、二週間単位で子供たちの短期留学が行われるようになっており、
レヴィンはオートザムから帰国したばかりだった。ミスター=プレジデントとは言わずもがな、引退した父親の跡を
継いだランティスの親友、イーグル・ビジョンその人だ。
レヴィンはもちろん両親を敬愛しているが、いつでも真正面から物事に立ち向かう父親を尊敬するかたわらで、
真正直過ぎる不器用さも否めないでいた。第一、父には真正面からぶつかれるだけの力量があるが、自分は
到底それに及ばない。だから司令官として、また政治家として、表向きにも裏向きにも策士であるイーグルを、
ほんの少しだけ見習ってみてもいいかもしれないなどとレヴィンなりに考えていたが、時折匙加減を間違えては
ランティスに雷を落とされていた。
「あっはっはっ。見た目はまるっきりランティスなのに、中身はときどき微妙にイーグルだよなぁ、レヴィンって…」
高らかな笑いにランティスが嫌ぁな顔をして声の主をちらりと睨んだ。
「風ちゃん!フェリオ!いらっしゃい!」
「こんにちは。一昨日こちらにいらした海さんに、『そろそろ桜も終わりよ』って伺ったので、慌てて参りましたわ」
「あれ?ちびちゃんたちは??」
「花を愛でるより、アスコットの果実園の収穫の手伝いのほうがいいんだってよ」
「『花より団子』、ですわね。困りましたわ、おほほほほ」
「もぎたてのブイ・テックって、すっごく甘くてみずみずしくて美味しいんだよなぁ…」
「メイフェア、ブイ・テックも大好き!」
「はいはい。市に行ったら買ってあげるから。でも、お野菜も食べなくちゃダメだよ?」
子供たちのこの食い意地食に対する執着心は絶対に俺似じゃないなと心ひそかに思いつつ、ランティス家の
穏やかな春の一日が過ぎていくのだった。
SSindexへ 2010.4.14
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亨(とおる)=レヴィン…ランティスと光の第一子。亨の字義は、『命名字解=めいめい-じかい』さまを参照
トヨタ カローラレビン(LEVIN)より スペイン語の稲妻 8月6日生まれ(ハチロク・笑)
とおるは北欧神話の雷神トールとのひっかけ ランティス以上に雷ビシバシ?…かも
薫(かおる)=メイフェア…ランティスと光の第二子。M I N I Mayfairより 5月5日生まれ
(五月にお祭りしたいほど嬉しかった?・笑 風薫る五月だから、薫にした模様)
なんか獅堂家の四兄妹、みんな「る」で終わる漢字一文字の名前だなと思って、その線で決めました
(単に考えるのが面倒だっただけ、ともいう・笑)
余談ながら、日本名をつけることを考えて字を決めたのはランティスのほうです
で、なんでセフィーロに桜があるんだ?ってのはまたそのうち別のお話で…
タイトルは中島美嘉さんの曲からいただきました