未来予想図 -Fuu-

 

 

 

 

 「…ここはもういい。行ってやったらどうだ」

 ランティスの言葉に、まだ一山残った書類 をフェリオが恨めしげに睨んでいた。

 「そいつは?」

 「決裁が明日になろうと明後日になろうと、国が潰れるほどじゃない」

 今まで片付けてきた山三つはなんだったんだと思いつつ、牢獄の看守の気が変わる前にずらかるに限る。

 「そういうことなら、後は頼む!」

 ガバッと立ち上がり、バタンとドアを開け放ったまま駆けていくフェリオにランティスがぼそりと呟いた。

 「≪近道≫があったんだが…」

 どうやら自分と光の部屋の間だけでなく、いろんな所に≪近道≫を仕掛けているらしい。後を頼まれた手前、フェリオが

撒き散らした書類数枚を拾い上げ、飛ばないように重しを載せて部屋を出ていくランティスだった。(自分も脱走かよっ)

 

 

 

 フェリオたちの私室のドアからやや離れた辺りに動物園のシロクマが…もとい、紅い髪の娘が落ち着かなげにうろうろと

行ったり来たりして、時々壁の一点を睨んでいた。

 「遅いなぁ、もう産まれちゃうよ…」

 風がずっと立ち合われることを望まなかったので、産まれるぎりぎりにフェリオを呼ぶ算段になっているのだ。ここは上質の

絨毯が敷かれているので靴音が響く訳ではないが、息せき切って走ってくる人の気配に光が振り向いた。

 「フェリオってば遅いっ!」

 「ほ、保安上の理由とかで……、仕事場と居室離されちまってるんだから…、仕方ないだろ…っ!」

 「だから≪近道≫通れるように、ランティスがついてたんじゃないか」

 「あぁん?聞いてねーよ!」

 「え…?ま、いいや。とにかく入って!」

 「お、おう!」

 フェリオが部屋に入り中扉を開けようとすると、鋭い叱声が飛んだ。

 「こらっ!ちゃんと手を洗って!産室は衛生第一なのよ。外とおんなじ薄汚れた格好で入んないで!」

 海に言われるまま手を洗いつつ、フェリオも反論を試みる。

 「毎日着替えてるし外回りはやってねーよ!」

 「それでも、よ!風と産まれてくる赤ちゃんを余計な感染症リスクに曝さないで。これの前ではしばらく立ってて!」

 地球でいう葡萄に似たマークのついた機械から、強い空気が吹きつけてきてフェリオは眼をすがめた。

 「ぁんだよ、これ…」

 「オートザムで太陽光充電式に改造して貰った、除菌イオン・プラズマクラスター発生装置。東京タワーにそれ持ってくの、

大変だったんだから…。念入りに除菌してね」

 「俺はばい菌か…」

 こちらの世界の出産時にそのような衛生管理がなされているのか甚だ疑問だが、やや行き過ぎた清潔志向に海も毒されている

のかもしれない。

 「もういいだろ?!」

 焦れたようにフェリオが中扉を開いた途端、永く待ち兼ねていた者の声が響いた。

 「……んーぎゃぁ。ほんぎゃ、ほんぎゃ……」

 頼りないような、それでいて全身でここに居ることを主張しているような、不思議な声だった。

 産湯に浸からせ身体を浄めたみどりごを純白の産着に載せてカルディナが差し出す。

 「ほぉら、フウお嬢さまによう似た可愛いらしい女の子やで」

 「フウ…、お疲れさん。ありがとな」

 おそるおそる受け取ったその赤ん坊は、練習にと抱かせて貰ったラファーガ夫妻の子供より当然ながら遥かに小さく軽く、

けれどもその重みのすべてを委ねて血を分けてくれた父に頼りきっていた。

 「よォ、待ってたぞ」

 まだ答える筈もない我が子の代わりに新米ママが答えていた。

 「…お待たせして、しまいましたね…」

 額に滲む汗をカルディナに拭って貰った風がにこりと笑った。

 「あ、いや…、待ってるだけで悪い…」

 「これからたくさん助けていただきますもの」

 フェリオやエメロード姫の頃には乳母がいたという話だったが、なるべく自分たちの手で育てたいという風の願いがあったので、

カルディナやラファーガらにあれこれレクチャーを受けていたのだった。

 「名前、どうなさいます?」

 産まれてくる日を待ちながら、あれもいいこれもいいといくつも候補をかき集めていたが、そのどれひとつとしてしっくりこない

ような気がした。優しいまなざしで我が子を見つめていたフェリオが静かに言った。

 「…フェリツィア」

 「フェリツィア……素敵な名前をいただきましたね」

 「あ、……日本名はどうする?」

 「もしもフェリオがおいやでなければ…、実家のほうで命名して貰っても構いませんか?両親には初孫ですから」

 「きっと良い名前を考えてくれるさ。楽しみにしていような、フェリツィア」

 

 

 

 なるべく水入らずでと気遣い廊下に出ていた光と海が心地好い疲労のため息をつき壁にもたれ掛かっているところに、

ランティスが可憐な花束を持ってやってきた。

 「ランティスが摘んできたのか…?」

 「ファーレンの姫君の代わりにな。すぐには駆けつけられぬから、せめて花なりと届けたい、と頼まれていた」

 「アスカってばホントに風ちゃん好きだもんね」

 「それ預かってくわ。お花を活けたら私も一休みするから、光はランティスとお茶にでも行ってらっしゃいよ」

 「じゃ、イーグルのお見舞い行こっか?」

 新婚ほやほやだというのに、なかなか二人きりで過ごせないランティスの眉が微かに上がったが、一仕事終えてほうけている

光は一向に気づかない。海は『君子危うきに近づかず』とばかりに、そそくさと部屋へと入っていった。

 

 

 

 持病がぶり返して療養中のイーグルの部屋へとのんびり歩きつつ、光がしみじみと呟いた。

 「セフィーロで人ひとり産み出すのって大変なことだね…。地球より四ヶ月以上長くお腹に抱えてたよ、風ちゃん。みんな長生き

だからその分だけ長いのかなぁ?」

 かつて他国をさすらったランティスだがそんなことを気にとめたこともなかったので、他国の事例を答えあぐねて逆に光に問い

返した。

 「怖くなったか?」

 「そんなことない!風ちゃんだって、他のセフィーロの人たちだって同じ経験してるんだもん。平気だよ!」

 少し強がっているようにも見える光の口ぶりにランティスがふっと微笑った。

 「それで姫君の名は聞いたのか?」

 するりとそう尋ねたランティスに光が素っ頓狂な悲鳴を上げた。

 「あ゛あ゛あ゛ーっ!!ランティスのばかーっ!なんで最後の最後にばらしちゃうんだ…。風ちゃんたちが正式に紹介してくれる

まで取っとこうと思ってたのにぃ…」

 やや恨めしげな涙目で新妻にねめあげられて逆らえる男はそういない。たとえそれがこの国唯一の魔法剣士サマであろうとも。

 「…すまない…」

 あの場にいたのだから当然もう知っているものとランティスが思うのも、無理からぬことではあった。

 「約束して欲しいんだけど…」

 「何を…?」

 「私たちに赤ちゃんが出来たら、私が聞くまで絶っっ対に言わないで!」

 「ああ…」

 「じゃ、指切りしよ!結婚式の前に教えたよね?♪指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲〜ます♪」

 

 名前を考えるのにも、身の回りの物を買い揃えるのにも、性別や人数が把握出来ているほうが合理的な筈であるのに、愛妻に

逆らえない男はなされるがままに指切りをされているのだった。

 

 

 

                               2011.12.12 風ちゃん、お誕生日オメデト☆彡(^_^)∠※ PAN!

 

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     このお話の壁紙はさまよりお借りしています