I'll give you my heart

 

――光・海・風、高校二年の一月のある日の東京タワーにて

 

「あの、さぁ……」

なにやらもじもじとそう切り出した小柄な少女の顔を二人の友が見つめた。

「どうしたの、光。もうお腹空いたの?あっちでお茶会するからちょっと我慢しなさいよ」

「ち、違うよ!」

「忘れ物でもなさいましたか?」

「してないったら!……あの…、二月の…もう準備した…?」

「二月の何よ?」

しれっと聞き返しながらも、海の目は笑っている。

「海さん、あまりいじめてはお気の毒ですわ。私はセーターを編んでいますの。義理はマカロンでもと…」

「チョコレートブラウニーにするつもり。義理はチョコチップクッキーかな」

バッチリ手作りを考えている二人の意見に光はガックリと頭を垂れた。

「セーターなんて絶対無理だ…。自分のマフラー編もうと挑戦したことあるんだけどさ…、あんまり下手だからって

優兄様に取り上げられて、代わりに編まれたって暗い過去があるんだよ…」

「やるわね、光のお兄さん…。家事全般仕切ってる覚さんならアリかと思うけど、優さんとはねぇ…」

「甘いもの嫌いだっていうし、どうしよう…」

去年の秋にお互いの気持ちを確かめ合った光とランティスにとっては、これが初めてのバレンタインになる。

けれども光の想い人は甘い物嫌いで知られていた。

「光さんの心がこもったものなら、何を贈られても喜ばれると思いますわ」

「うーん…」

ランティスがどこかに行ってしまうかもしれないとか鬱々としていた時とはまた別物の悩みが沸き上がるのだなぁと、

光はしみじみ実感していた。

 

「こんにちは!調子はどう?イーグル」

ランティスが不在なので光は一人で見舞いに訪れていた。

年明けすぐぐらいに、数年ぶりに起き上がれるようになったイーグルがソファーで読書していた。

「こんにちは、ヒカル。最近は起きてる時間が眠ってる時間より長くなってきたんですよ」

まるで猫の話でもしているようだ。

「まだ無理しちゃダメだよ。聞きたいことがあるんだけど…」

「はい?」

「オートザムもよくお茶してるみたいだし、ジェオはお菓子作り得意でしょ?ランティスって、全然食べなかったのかな…」

ちょっぴり照れ臭そうな光を見て、イーグルはピンときていた。

「さては≪ばれんたいんでー≫とやらに、何かしようとしてるんですね?」

「えっ?あ、うん。風ちゃんみたいに編み物出来ないし、お菓子作りとかてんでやったことないんだけどね」

そういえば自分が起き上がるより光が恋する少女になるほうが早かったせいで、いつぞやのランティスとの賭けは

あの人の勝ちになってしまって惜しいことしたんだったな…と、イーグルの脳裡をアクマがよぎる。

「じゃあとっておきを教えましょうか?」

「うん!」

ちょいちょいっと手招きしたイーグルの隣に光がちょこんと座る。その耳元でイーグルが秘策を呟くと光は真っ赤になりつつ

頷いた。

「・・・頑張る!!ありがと!」

バイバイと手を振り出ていく光の後ろ姿にイーグルがくすりと笑う。

「さて、どう受けますかね?ランティスは…」

 

 

バレンタインを控えた日曜日、光はデパートに買い物に来ていた。店どころか街中にハートマークとチョコレートが溢れている。

チョコレートはパスなので、お目当ての売場でピンクのそれを選ぶ。マイクロファイバーの生地と中のマイクロビーズの醸し出す

なんとも言えない触り心地に選んでいる光がウットリとしていた。

「質実剛健の人(いや世間の評価はただの朴念仁・笑)だから実用性もなきゃね。んーっと…」

置かれているサンプルをあれでもないこれでもないと、お試しすること30分以上(ちょっと迷惑な客かも・笑)、ようやく一つ選んで

中に仕込んで貰う。まだやりたいことがあるのでラッピングは銀色の巾着袋とリボンだけ一緒に入れてもらいその店を出た。

「えーっと、あれは何階だ…。あった、もう一階下か…」

フロア案内とにらめっこして呟くと、下りのエスカレーターで次の目的地に向かった。

 

 

 

バレンタインデー当日。

広間で義理チョコを皆に配り終えると(自作出来ない光はイーグルの回復を祝い、『飛びっきり甘いもの食べ尽くしちゃおう

ワールドツアー・番外編』として生チョコレートを買ってきていた)、光は想い人のいる場所へと急ぐ。からかわれること

請け合いのランティスは急ぎの書類があるとか言って自室を出てこなかったのだ。

 

 

「こんにちは。お仕事終わった?」

「ああ、これで最後だ」

「よかった」

署名した書類が片付けられたところで、緊張気味の光がランティスのすぐ傍に立った。

「あっ、あのね、地球の暦だと、今日はバレンタインデーっていうんだ」

「…『ちょこれーととか言う甘い菓子を添えて、想いを伝える日』だろう?」

「よく知ってるね」

「お前たちがセフィーロに訪れるようになって何年になると思う?」

「それもそっか。でもランティスは甘いの嫌いだから、他のを考えてきたんだ」

さらに緊張している様子の光が何を言い出すのだろうと、ランティスはまじまじと見つめていた。

考えてみれば、秋に告白したときはランティスの意識がなかったから出来たようなものだ

(ついでにくちびるも奪ったなと思い出し、頬がかあっと上気したのが自分でも判った)。          

「だっ、だからね、ランティスには私のこれをあげるよ!」                          

胸の前でハートマークを作り、一世一代のウインクまで飛ばしたというのに、ランティスは怪訝な顔をして光の手の形を

真似てみていた。

予想外の反応に、光がしょんぼりと肩を落とす。

「う、受けなかった…。あのね、一応物も用意してるから…」

光はがさがさと足元の紙袋を探り、リボンをあしらった銀色の巾着袋をランティスの机に置いた。

「すまない。この手の形の意味が解らないんだが…」

「ほえっ?」

これまたバレンタインを恋人と過ごす女子にあるまじき色気のない声をあげた。

「ハートマークだよ」

「はーとまーく…」

おうむ返しに呟くランティスに光はハッとした。

「そっか…。フェリオやアスコットとはやってるけど、ランティスとトランプしたことないもんね」

「ああ、小さなカードの印にこういうのがあったか」

どうやらそれ以上の知識はないらしい。

「ハートってね、心臓のことをさすんだ」                                                         

「心臓…」

『光の心臓を差し出されても…』と、ランティスは困惑するばかりだ。

「心臓から転じて、≪心≫とか≪気持ち≫とか、そんな意味にも使ってるんだ」

『ランティスは甘いもの苦手だから、その分私の心をあげる』

光はそういっているのだ。

一瞬にやけてしまいそうになったが、ふとした疑問が湧いた。

「ヒカルの心は今日しか貰えないのか…?」

「そんなことっ!」

少し意地の悪い質問になってしまったなと、光を膝の上に誘う。

「開けても構わないか?」

「もちろん」

赤いリボンを解き、中に手を入れるととろりとした不思議な手触りの物があった。

「これもハートか…」

その表面には切り抜いたフェルトで、「ランティスへ ひかる」と文字が入れられている。

「これね、むにむに触ってるだけで結構気持ちがいいんだ。癒し系っていうのかなぁ・・。

ついでにね、アイピローっていってこんなふうにして目を休めるのに使うんだ。

ランティスいっつも本だとか書類だとかで目を酷使してるから…」

光に教えられたように、目の辺りにのせてみると、なにかの香りが漂っていた。

「なにか・・薬草のような匂いがするな」

「疲労回復に効果のあるポプリを入れてあるんだ。香りが弱くなったら、また持ってくるからね」

ハートのアイピローを外して光に渡すと、またむにむにと触っている。

「これも悪くはないが…」

確かに癖になるさわり心地ではあるが、それよりもっといいものをランティスは知っていた。

「ラン…ティス?」

「ヒカルがいるだけで…いい…」

光が手にしたハートと同じぐらいの桜色に染まった頬を、ランティスはぷにっと押して微笑った。

 

 

 

                      

 

                                                               2011.2.14 up

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2011.2.12に開催されたラン光同盟主催バレンタイン直前茶会ネタと

ほたてのほさまのブログにお邪魔したときにリクいただいた「ほっぺ、ぷに♪」を強引にひとまとめにするという

暴挙をやらかしました(シ_ _)シ  ハハァーー 

ぷに♪のイラストは ほたてのほ さまによるものです

 

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