Slipping Through My Fingers

 

すっかり陽も暮れて真っ暗な部屋に、廊下からひとすじの灯りと長い影が射し込んだ。

『来ましたね…。申し開きをする気なら、一応聞きますよ?』

東京へ帰る光を広間まで送ったあと戻ってきたランティスに、イーグルが怒りの色を隠そうともせずに

そう言い放った。

「別に釈明する気はない」

枕元近くに置かれたフロアスタンドだけを灯して、ランティスがベッドサイドのソファにどさりと座り込む。

淡々とした物言いが余計に気に障ったのか、イーグルがさらに言い募った。

『あなたが無口だ、無愛想だ、無表情だと言われてても、ただ感情を表に出すのが苦手なだけだと

思ってたのは、僕の買いかぶりだったんでしょうかね。単なる嘘つきの冷血漢ですか?それとも僕が

知らなかっただけで、実は妙な性癖の持ち主だったってことですか?!』

「…嘘つきなのは認めるが、『妙な性癖』とはなんだ?遠回しな表現はよせ」

『ヒカルの反応はどうあれ、あなたは彼女を愛してるんでしょう?その彼女があんなにうなされていた

のに、起こしてやりもしないで黙ってみてるなんて、いい趣味だって言ってるんです!」

「………」

『そんな趣味あるか…』と吐き捨てるのさえも不愉快だというように、ランティスは両膝の上に肘をつき、

組み合わせた手を額に押し当てていた。

『――僕に「聞かなかったことにしろ」って言ったところをみると、ヒカルがうなされるのは、これが初めて

じゃないんでしょう?』

「……疲れていると、たまにな…」

『いままでずっと、それを黙って見過ごしてたんですか。信じられない…』

組み合わせた手にぐっと力が入り、声を絞り出すようにしてランティスが呟いた。

「他に、何が出来る…?」

『何って…。起こしてやればいいじゃないですか!寝たきりの僕じゃあるまいし、揺さぶってやること

だってできるでしょう?!いや、身体の動かない僕だって、あなたが止めなければ、≪声≫をかけて

起こしましたよ』

「いまは駄目だ。俺では遠すぎて、ヒカルに届かない…」

『膝枕までしてて、何を寝ぼけたことを…!』

「物理的な距離じゃない。心理的な距離を言っている」

何か思い当たることがあったのか、突っかかるばかりだったイーグルがはっと息を呑んだ。

「俺でも、お前でも…、この際、誰か他のヤツでもいい。もっとヒカルの心に近づける者でなければ、

起こすべきじゃない」

『しかし…』

「うなされる度に起こせば、いつかヒカルも気づく。そうなったら、ヒカルは二度と俺達の、いや、他人の

近くで安らぎはしないだろう。うっかり眠って寝言を口走ったりしないように、ずっと張り詰めたまま、

自分を律し続けることになる。それだけは、避けたい…」

『ランティス…』

「ヒカルは…、ヒカルの心は強くて真っ直ぐで、撓(しな)うことを知らない。同じ痛みを分かち持つあの二人

にさえ、優しさ故に自分の弱さを見せられない。吹きすさぶ風に抗いきれなくなった時、撓うことが

出来ない樹は、無惨に折れるしかないんだ…」

『…解っているなら、あなたがそれを教えてあげればいいじゃないですか』

「理屈をいくら並べたてても、ヒカルが心から納得出来なければ意味がない」

『だから、そばに居るときに悪夢の嵐に見舞われたら、嵐に気づかないふりをしながら黙ってその樹を

支える、と…?』

「今の俺がしてやれるのは、せいぜいそれだけだ」

そして、せめてひととき、その痛みを共有することぐらいしか出来なかった。肩代わりしてやれたなら、

どんなによかっただろう。永い時間を越えていながら、そんな魔法のひとつも知らない自分自身が酷く

腑甲斐なかった。

「友を信じてはいるし、大切に思ってもいるが、ヒカルは自分を委ねることが出来ない。たとえヒカルの

身体を抱きしめてみても、甘えることの出来ない、頼ることを知らない心だけすり抜けていってしまう」

『すり抜ける、か……。このオルゴール、なんていう曲か知ってます?』

「ヒカルが持って来た、チキュウの音楽だろう?」

どうしていきなりそんな話になるのかと、ランティスが怪訝な顔をした。

『≪Slipping Through My Fingers≫――私の指の間をすり抜けていく…って意味なんだそうですよ』

そんなイーグルの言葉に、微かにランティスが眉根を寄せた。

『ヒカルはただメロディが気に入って選んでくれたようですが、青い髪のお嬢さんが原曲と歌詞の意味を

教えてくれたんです。どちらかと言えば、ご両親世代の少し古い歌なんだそうですけどね』

「身につまされるな」

ため息混じりのランティスに、イーグルがくすりと笑った。

『でも立場は正反対ですよ。元の曲は小さかった子供がだんだんと成長して、指の間をすり抜けるように

母親の手元から離れて行く寂しさを表しているんです。逆に僕らは、ヒカルがまだ子供過ぎてすり抜け

られてしまう…』

「…」

『ああ、そういえば、今ならヒカルがいないから話せますよね』

「またその話か…」

『あなたが話したくない気持ちは解らなくもないですけど、何と言っても僕も当事者のひとりなんですし。

どうしてヒカルは僕とあなたと結婚するなんて言い出したんです?』

≪ヒカル≫と≪僕≫をさりげなく強調する辺りは、満腹で食べる気がないのについ習性で捕まえて

しまったネズミをもてあそぶ狩り上手なネコのようだった。

「…」

言ってることは確かに至極もっともなのだが、起きていればにこにこと、いや、それを通り越して

にやにやと笑ってるに違いない雰囲気がありありと滲んでいるのがどうにも気に入らない。

『とっとと白状しなさい。お上にもお慈悲はありますよ』

「…オカミ…?」

『あれ、知りませんか?自白を促す時の、ニホンの決まり文句だそうです』

日本文化の理解に若干の問題があるようだが、いまこの場にはそれを指摘する者もいなかった。

「自白…?俺は犯罪者か…」

ぼそりと呟いたランティスにイーグルが追い討ちをかけた。

『おや、反省の色がありませんね。あなたのようないい大人が、ヒカルみたいなお子様にプロポーズ

するなんて、充分犯罪ですよ』

見た目通りの年齢とは限らないセフィーロの者の常として、こだわらなかったのがあだになっただけだと

言ってみても、ただの言い訳にしかならないのはランティスも承知していた。おまけに当の光はといえば、

他の二人と較べてもそういう点では桁外れにお子様だった。柱に選ばれるほどの心の強さと、精神的な

成熟度は、全く別物だということを身を以って思い知らされたが、それもこの際どうでもいいことだった。

『悪いことは言いません。洗いざらい吐いて楽になりなさい』

楽になりたいという訳ではないが、ある意味で当事者のイーグルに子細を言わないままともいかないし、

何よりこのままいいおもちゃにされるのは耐え難かった。気にそまないことはさっさと片付けるに限ると

ばかりに、ランティスはしぶしぶながらも事の顛末を話した。

話し終えてもうんともすんとも反応しないイーグルに、少し苛立ったランティスが声をかけた。

「おい、こんな話をさせておいて、寝てるんじゃないだろうな」

『起きてますよ。呆れてモノが言えないだけです』

「……」

『今後の為にもダメ出ししておいてあげましょう。だいたい切り出しかたから最悪です。ヒカルのような

天然系に、そんな遠回しな言い方したってまず伝わりません。間違いなく一般論を訊かれたんだと

思ってるでしょう。チキュウの恋愛映画でも恋愛小説でもいいから、あなたも少しは勉強すべきですね。

はーれくいん系はかなりドラマティックらしいですよ。レディ=エミーナの折り紙つきです』

「………」

地球の資料は硬軟取り混ぜて広範囲に読み漁っているが、何が苦手と言って、恋愛物はランティスが

一番苦手としている分野だった。

『それから、…問題のヒカルの発言についてなんですけど…』

それまでと打って変わって酷く言いづらそうにしたイーグルに、あさってのほうを向いたランティスが

ぼそりと言った。

「言うな。解ってる」

ランティスのヒカルへのプロポーズに激怒したプリメーラは、実はことの一部を捉らえて言い触らして

いたに過ぎない。何のことはない、平たく言えば光に想いのたけを告げたランティスはものの見事に

玉砕していたのだ。光がランティスを嫌っているとか、恋愛対象と思えないとかいう以前の問題で、

愛の告白をされたことにさえ光はてんで気づいていなかったのだから。

『まさかヒカルがここまでお子様だとは…。エメロード姫と想いあっていた分、まだ兄上のほうがマシ

でしたか?』

「…」

『他にいくらでも居たでしょうに、ずいぶん厄介な相手を選んだもんですねぇ…』

ランティスとて別に意識してそんな手強い相手を選んだ訳ではない。気づいたら、もうどうしようもなく、

自分でも持て余すぐらいに光に惹かれてしまっていたのだ。

「そういうお前はどうなんだ…」

心の片隅の、ほんの小さなひかりに気づかないふりをしたイーグルもまた、ランティスと同じぐらいには

嘘つきな男だった。

『――とても可愛い人だとは思いますが、柱の座を競った同志というか……。あんな妹がいたら、って

感じかな』

「ヒカルには三人、しかもかなり過保護な兄上がいるらしい。この上、お前のような兄までいたら…」

『本当の兄上達はこちらに来られないんでしょう?代わりのお目付け役でも買ってでましょうかね。

抑えきれなくなった誰かさんが、子ラパン(子ウサギ)をぱっくりいかないように』

クスクスと笑うイーグルに、ランティスがムッと言い返した。

「俺はそんな節操なしじゃない。小さくて華奢だが、ヒカルはあのラファーガと互角に渡り合えるんだ。

無理強いなんかしようものなら……血の雨が降る」

それにランティスが心の底から欲しいと望んだものは、そんなことをしてみてもけっして手に入れられる

ものではない。

『かなり長期戦の覚悟が要りますよ。僕が起き上がれるようになるのと、ヒカルが恋する少女になるのと、

どっちが早いでしょうね。ここはひとつ賭けませんか?』

「賭け?……何を?」

『僕が起き上がるのが早ければ、僕の勝ちです。ジェオのお手製ケーキを…、そうですね、ホールで

10個食べて貰いましょうか』

聞いただけでも気分が悪いとばかりに、ランティスが口許を拳で押さえた。(そりゃ10個は気持ち悪いだろ…)

「――俺が勝ったら?」

『ヒカルを手に入れて、さらに何か欲しいっていうんですか?強欲は身を滅ぼしますよ』

それのいったいどの辺が賭けなのだと思いつつ、確かに光以外までも望むのは欲深いように思えた。

「…5個にならないか…?」

『鐚(びた)一文…いや、鐚一個負かりません』

往生際の悪いランティスに、イーグルは取り付く島のひとつもありはしない。

『10個食べるのが嫌なら、性根を据えてヒカルを口説くことですね』

そのスタンスもなにか間違っているような気はするが、本当に欲しいと望むなら自分で手に入れるしか

ないのも確かだった。とはいえあれほどのお子様と判っていて口説くなんて、それこそ犯罪というもの

だろう。

だからいまはただ、出来うる限りそばにいて、つかの間のまどろみの中であっても光を護る存在である

ことが、誰にもゆずることの出来ないランティスの願いだった。

 

 

 

                                                2010.3.27

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レディ=エミーナ…オートザム大統領夫人。イーグルの母(オリジナルキャラ)

ラパン…地球の兎に似た動物。スズキアルトラパンより

 

このお話の壁紙はさまよりお借りしています

 

SanaSEED さま の Lantis&HikaruFESTA に投稿させていただいた 瞳の住人-Monologue of Lantis- 直前のお話となります

レイアース2のコミックスを読み返しているうち、『ランティスとイーグル!』と言いながら、実はどっちも単なる one of them 

だったんじゃないの……?みたいな気になってきました(^.^; オホホホ

書き始め当初の仮題は「イーグル恋愛相談室」でした (なんてばっさりな・爆)

「『だっこ』と『お昼寝』あってこそのラン光だ!」というようなことを、

hot omericeさま(現在はこちらを閉鎖され、1-2@OmeRiceさまとしてリスタート) でお見受けしましたが

一緒にお昼寝してる理由ってとこでしょうか(そういや海や風とはうたた寝してるイラスト無いですもんね、公式には)

タイトルは ABBAの名曲 Slipping Through My Fingers からいただきました

MAMMA MIA!の挿入歌としてご存知の方も多いかもしれませんが、私はミュージカル未見です。

かなぁり昔に、アルバム収録曲として聞いていて気に入っていました。英語でミュージカルを見る語学力はないんだけど、

英語で聞きなれた歌の日本語版はいまいち聞きたくないという二点の折り合いをつけられず、誘われたのに見にいけませんでした(汗)

 

 Slipping Through My Fingersでググると「週末を原村で」というブログの記事が

ヒットすると思います。そちらで歌詞・訳詩を見られます。